悪魔は後からやってくる
防衛隊の寮は、全体的に清潔で、無駄がなく――
つまり、悪魔向きではない。
「ねえ主、お風呂あるよ」
「あるな」
「入ろ?」
「入るけど」
俺は真顔で言った。
「ここは人間の寮だ。
今日は一人で入る」
「えー」
ルナが露骨に不満そうな顔をする。
「いつも一緒なのに」
「“いつも”を基準にするな」
「主、冷たい」
「常識だ」
そう。
俺は一応、人間だ。
理性もあるし、分別もある。たぶん。
「……じゃあ後で入る」
「後でも入るな」
「えー?」
嫌な予感を残したまま、俺は浴場へ向かった。
一人の風呂は、久しぶりだった。
「……はぁ」
湯船に浸かると、身体の力が抜ける。
最近はルナと一緒が当たり前だったから、
静かな時間が逆に新鮮だ。
――その頃。
浴場の外。
アリシアは腕を組み、壁にもたれていた。
「……監視です。監視」
悪魔付き。目を離した隙に何をやらかすか……
そう思った、次の瞬間。
「アリシア!」
「っ!?」
背後から、元気な声。
振り向いたときには、
ルナがアリシアの腕を掴んでいた。
「一緒に入ろ?」
「は!?」
「監視なんでしょ?」
「意味が違います!」
抵抗虚しく――
アリシアは、そのまま浴場へ連行された。
「……ん?」
湯気の向こうに、気配。
「誰だか分らんが風呂借りてるぞ?…アリシア!?」
「どうして悪魔が……!」
「後から入るって言ったでしょ?」
「せめて一人で入ってこい!」
「アリシアが監視したいって」
「言ってません!」
結果。
湯船の端にジル。
反対側で縮こまるアリシア。
そして、ジルのそばには笑顔のルナ。
「……」
「……」
「……」
「主、顔赤いよ」
「お前のせいだ」
アリシアは、タオルを必死に押さえながら、視線を逸らしている。
「これは……事故です」
「そうだな」
「不可抗力です」
「そういうことにしよう」
ルナは、悪びれもせず湯船に沈みながらアリシアの方へ。
「人間のお風呂、気持ちいいね」
「だから距離が近い!」
ばしゃ。
湯が揺れ、
アリシアが小さく声を上げた。
「……っ!」
その反応に、ルナが首を傾げる。
「やっぱり人間って敏感?」
「黙ってください!」
俺は天井を見上げた。
(……神様)
(いないんだっけ)
しばらくして、
耐えきれなくなったアリシアが立ち上がる。
「わ、私は先に出ます!」
「正解だ」
「監視は……後で……!」
逃げるように出ていく背中を見送り、
ルナがにやりと笑った。
「面白い子だね」
「だからトラブルになるって言っただろ」
「でもさ」
「アリシアいい子だね」
「……まあな」
「ルナ、嫌いじゃない」
少しだけ、静かになった浴場で、
俺は肩をすくめた。
「問題起こすなよ」
「はーい」
今はただ、
少し騒がしくて、
少し恥ずかしい、
そんな夜だった。




