雪国にて湯を得る
北のシェルター都市ヴィルディアの夜。
雪と秩序に包まれた都市の一角に、やたらと場違いな豪華旅館があった。
「……なんで終末世界で高級温泉旅館が営業できてるんだ」
ジルは暖簾を見上げながら言った。
「文明の底力ですわ」
セレナは誇らしげだった。
「旅館、楽しみ」
ルナはなぜか感心していた。
「お金はどこから出てくるのでしょうか」
アリシアは冷静にツッコんだ。
「では、後ほどですわ」
セレナが女湯へ向かう。
「主、あとで」
ルナも軽く手を振った。
「……死なないようにします」
アリシアは覚悟を決めた。
「温泉で死ぬな」
ジルは即座に否定した。
湯気が立ちこめる広大な浴場。
天井は透明ドームで、外は吹雪、内は南国。
「……すごいです。世界終末感ゼロです」
アリシアは呆然としていた。
「人類最後の贅沢、というやつですわね」
セレナはゆったりと湯船に沈む。
「ルナ、熱い?」
「熱い。でも気持ちいい」
ルナはぱしゃぱしゃと湯を叩いていた。
「はしゃぎすぎると滑って危険です」
「わかってる」
言った直後、盛大に滑った。
「主ーーーー!!ルナしぬううう!!」
※女湯なので主はいない。
「落ち着いてください!」
アリシアが慌てて助け起こす。
「仲良しで良いですわね。ルナ、アリシア?」
セレナは悠然と湯に肩まで浸かる。
「少しは慌ててくださいよ!?」
「大丈夫。悪魔はその程度で死にませんわ」
隣の客がひそひそ話していた。
「……悪魔よ」
「でも普通に温泉に入ってる」
「でも怖い」
セレナが振り返り、満面の笑み。
「ごきげんようですわ」
悲鳴とともに湯船から女性が飛び出した。
「パニックになってますって!!」
「美しい過ぎる肉体も罪ですわね」
「多分違うと思いますよ!?」
ルナすっかり元気になって泡で何かを作っていた。
「泡ドラゴン」
「可愛いですが、なぜドラゴンなんですか?」
「温泉の支配者」
「意味がわかりません」
一方男湯。
「……平和すぎて怖い」
ジルは湯船に沈みながら呟いた。
温泉。
雪。
豪華宿。
「このあと確実に死人が出るやつだ」
――ツッコんでくれるアリシアはいないのであった。
四人は湯上がり処で合流した。
アリシアは顔が真っ赤。
ルナは瓶牛乳を逆さにして飲んでいる。
セレナは優雅に風に当たっている。
ジルはなぜか無表情。
「いい温泉でしたね……」
アリシアが感動している。
「主、ここを拠点にしよう」
「人類文化、尊敬に値しますわ」
「悪魔に尊敬される文化ってのも複雑だな」
ジルが淡々と言った。
「さて、夕飯でも食いながら明日のことを考えるか」
歩き出すジルを先頭に一行は夕食会場へ向かう。
ここに来た目的と向き合う時が来たようだ。
――どうせ面倒なことになると皆がわかっていながらも
不満を言うものはいなかった。




