悪魔より厄介なもの
ヴィルディアの門は、無駄に大きかった。
分厚い鉄扉。
雪除けの庇。
整列する警備兵。
そして――
長い机。
机。
机。
机。
「……机、多くないですか?」
アリシアがぽつりと言った。
「受付用ですわね」
セレナが当然のように答える。
「恐らく三段階ですわ」
「三段階……?」
「受付」
「仮確認」
「本確認」
「仮確認!?」
*
「次の方」
無表情な門番が、手を伸ばす。
「入都申請書を」
「……ないな」
ジルが言った。
「は?」
「目的地に来ただけだ」
「は?」
「入るだけだ」
「……」
門番の顔が、ぴくりとも動かない。
「申請書がなければ、入れません」
「……そうか」
ジルは素直に頷いた。
アリシアは、この時点で嫌な予感しかしなかった。
「じゃあ」
「どこで書く」
「第三机です」
「遠いな」
「並んでください」
「どれに?」
「一番後ろです」
振り返る。
行列。
行列。
行列。
「……考え直そう」
ジルが言った。
「今さら!?」
*
なんとか第三机まで辿り着く。
紙。
紙。
紙。
「名前、所属、目的、身分証明……」
アリシアが読み上げる。
「多い……!」
「当然ですわ」
セレナは楽しそうだ。
「秩序とは、紙のことですもの」
「そんな定義聞いたことありません!」
ジルはペンを持った。
「名前」
「ジル」
「所属」
「旅人」
「証明書は?」
「ない」
「……ない?」
「俺は生きてるぞ?」
「証明になりません」
「手厳しいな」
アレンが後ろで黙って立っている。
一切口を出さない。
だが、表情がすべてを物語っていた。
(ほら見ろ)
(だから言っただろ)
(こうなるって)
アリシアは見なかったことにした。
*
次。
「同行者の申請を」
「全員か?」
「全員です」
「はーい」
ルナが前に出る。
「名前」
「ルナ」
「種族」
「悪魔」
「……」
ペンが止まる。
「……はい?」
「ん?ルナ、悪魔だよ」
「……」
門番は、ゆっくり顔を上げた。
「……悪魔は―入れません」
「そらそうだ!」
アリシアが頭を抱える。
「理由は?」
ジルが聞く。
「危険ですから」
「地下都市では平和に過ごしたぞ」
「書類上、危険です」
「書類強いな」
「当然です」
*
セレナが、一歩前に出る。
「では私も」
「セレナと申しますわ」
「種族は?」
「悪魔ですわ」
「……」
「元・悪魔軍幹部ですの」
「……」
「今は無職ですわ!」
セレナがその大きな胸を張る。
「余計に危険です!!」
*
「せめて人間だけでも――」
アリシアが食い下がる。
「人間の同行者は…」
門番は淡々と言う。
「男性2名で――」
「女性も1名です!!」
「……?」
「私は人間です!なぜ悪魔に間違えられるの…?」
アリシアが涙目になりながらも訴える。
「そら俺と一緒なら大体悪魔だと思われる」
「ジルさん!!」
*
沈黙。
列の後ろがざわつき始める。
「……仕方ないな」
ジルが言った。
「今日は、やめるか」
「やめるんですか!?」
「入れないし」
「それはそうですけど!!」
アレンが、初めて小さくため息をついた。
だが何も言わない。
何も言わないが――
肩が、ほんの少しだけ落ちている。
*
「では」
門番が言う。
「悪魔を置いてきてください」
「それは無理だ」
「全員で行く」
ジルは短く言った。
「それが条件だ」
門番は、一度だけ目を伏せた。
「……規則です」
「そうか」
ジルは、あっさり引き下がる。
「また来る」
「来ないでください」
ジルは無言で手を振った
*
門の前から離れながら。
「……入れませんでしたね」
アリシアが言う。
「想定内ですわ」
セレナは満足そうだ。
「主」
ルナが言う。
「紙、嫌い?」
「嫌いじゃない」
「向いてないだけだ」
「それ、意味同じ」
アレンは、相変わらず無言だった。
だが、門を振り返り――
小さく首を振る。
(本当に)
(何も変わってない)
*
北のシェルター都市ヴィルディア。
秩序の街。
規則の街。
書類の街。
一行は――
まだ、門の外にいた。
都市は目のまえだが、入都までの道のりはまだまだ長そうだ。




