寒波の正体は恋だった
村の夜は、異様に寒かった。
焚き火は三つ。
毛布は重ねがけ。
それでも、息が白い。
アレンは毛布に包まりすやすやと寝息を立てている。
「……寒すぎません?」
アリシアが震えながら言った。
「北だから、ですわね」
セレナは平然としている。
「多少は覚悟していましたわ」
「“多少”を百倍くらい超えてます!」
ルナはジルの背中にぴったり張り付いていた。
「主」
「離れろ」
「寒い」
「……仕方ない」
その時だった。
――ざく。
外から、足音。
「……」
「……」
「……」
全員が、同時に黙る。
――ざく、ざく。
「雪……踏んでますよね?」
アリシアが小声で言う。
「ええ」
セレナが頷く。
「しかも、ゆっくり。慣れた足取りですわ」
「慣れなくていい!!」
足音は、家の前で止まった。
――こん、こん。
ノック。
「……出る?」
アリシアが震え声で聞く。
「出るな」
ジルが即答した。
だが。
「こんばんは」
扉の向こうから、澄んだ女性の声。
「……」
「……」
「……顔の良い旅人さん、いらっしゃいませんか?」
「また厄介な予感!!」
アリシアが頭を抱えながら小さくなる。
セレナが、ふむ、と顎に手を当てた。
「雪女風ですわね」
「軽く言わないでください!」
ルナが、首を傾げる。
「主」
「なんだ」
「イケメン?」
「違う」
扉の外で、気配が動く。
「……いませんの?」
声が、少しだけ残念そうになる。
「今日は、とても素敵な方がいるような……」
「どのセンサーが反応してるんですか!?」
ジルは、ため息をついた。
「……出る」
「え!?」
止める間もなく、ジルは扉を開けた。
そこに立っていたのは――
白い肌。
青みがかった長い髪。
薄衣一枚。
そして、周囲だけ異様に吹雪いている。
「……こんばんは。ここ最近毎日通った甲斐がありました」
女性は微笑んだ。
「……寒くないか」
ジルが聞く。
「ええ」
「あなたの顔が良いから」
「違う」
アリシアが後ろで悲鳴を噛み殺している。
「ゆ、雪女……」
「正確には悪魔ですわ」
セレナが横から訂正する。
「雪女“風”悪魔ですわね」
「どっちでもいいですよ!」
雪女風悪魔は、ジルをじっと見つめた。
「顔の良い殿方と探して北の果てから歩いてきたんです」
「目的が軽すぎません!?」
セレナが、にこやかに聞く。
「それで、この異常な寒さはあなたが?」
「ええ」
雪女は頷く。
「テンションが上がると、冷える癖がありまして」
「最悪の癖ですわね」
ルナが、じっと雪女を見る。
「主」
「なんだ」
「この人」
「寒い」
「分かる」
ジルは、一歩前に出た。
「……で」
「どうしたい」
雪女は、少しだけ恥ずかしそうに言った。
「一緒に、夜を……」
「断る」
「即答!?」
雪女は、しょんぼり肩を落とす。
「……そうですよね」
「最近、フラれ続けで……」
「同情できません!!」
セレナが、軽く咳払いをする。
「提案ですわ」
「?」
「この村、寒すぎて困っていますの」
「村人も凍えて死んでしまいますわ」
ちらり、とジルを見る。
「少しだけこの方とお話してみてはどうですか?ジル?」
「話すのは良いがその前に俺が凍え死ぬとは考えないのか」
ジルは冷静な口調で告げる。
雪女は、少し考え。
「……分かりました」
「では、私の加護を授けます。寒さを感じなくなりますから」
ルナが、ニヤニヤと言う。
「主」
「なんだ」
「悪魔に一歩近付く」
「やめろ」
雪女は、満足そうに微笑み――
ジルを連れて吹雪とともに消えた。
*
翌朝。
村は、驚くほど穏やかだった。
「……暖かい」
アリシアが呟く。
「寒波、収まりましたね」
村人たちは、口々に感謝していた。
「助かりました!」
「もう凍死するかと!」
ジルは、遠くを見る。
「……結果的に」
「言うな!!」
ルナが、上機嫌で言った。
「主」
「なんだ」
「イケメン、村救った」
「褒めるな」
セレナは、くすりと笑った。
「あなたたちの旅についてきて正解でしたわ。
退屈しませんもの」
こうして――
村の異常な寒さは終わり。
だが。
雪女風悪魔は、今日もどこかで顔の良い旅人を探している。
この世界は、今日も平和で、
どこか間違っていた。




