寒い村で何も起きないはずがない
北へ進むにつれて、世界は露骨に不機嫌になってきた。
風が冷たい。
地面が固い。
空がやたらと低い。
「……寒いですね」
アリシアが、息を白くしながら言った。
「北ですもの」
セレナは涼しい顔だ。
「文明があっても、寒さははどうにもなりませんわ」
「主」
ルナが、ジルの外套の中に半分潜り込む。
「寒い」
「見れば分かる」
「もっと」
ルナは小さな頭をジルにめり込ませる。
「……もう無理だろ」
背後から、アレンの声が飛ぶ。
「お前ら、もう少し危機感を持て」
「野営したら凍死するぞ」
「それは嫌だな」
ジルは即答した。
「なら、さっさと村を探せ」
「探してる」
「探してる割に適当すぎる!」
*
そして――
案外あっさり、村は見つかった。
木造の家。
低い屋根。
煙突から立ち上る、頼もしい煙。
「……人の営みだ」
アレンが、ほっと息を吐く。
「良かった。」
アリシアも同意する。
「主、ごはん」
「まずは宿だ」
村に入った瞬間、視線が集まった。
厚着の村人たち。
警戒と疲労が混ざった顔。
「……旅人か?」
年配の男が声をかけてくる。
「そうだ」
ジルが答える。
男は、ちらりとルナとセレナを見る。
「……悪魔か」
一瞬、空気が固まる。
「安心してください!」
アリシアが慌てて前に出る。
「害はありません!」
「ええ」
セレナが微笑む。
「この寒さでは、争う体力も惜しいですもの」
「……それはそうだな」
村人たちは、妙に納得した。
*
宿は、一軒しかなかった。
中は暖かく、
暖炉の前に集まる客たちは、皆無言で酒を飲んでいる。
「……静かですね」
アリシアが囁く。
「寒いと喋る気力も減る」
アレンが言う。
「合理的ですわ」
セレナが感心する。
「主」
ルナが暖炉に張り付く。
「動きたくない」
「今日はそれでいい」
酒と、硬いパンと、煮込み。
素朴だが、身体に染みる。
「……生き返ります」
アリシアがしみじみ言った。
「分かる」
ジルも頷く。
その時。
「……なあ」
隣の席の男が、ぽつりと言った。
「お前ら、北に行くのか」
「予定では」
ジルが答える。
男は、酒を一口飲み――
視線を伏せる。
「……なら」
「この村には、長居しない方がいい」
「どうしてですか?」
アリシアが聞く。
「夜がな」
男は低く言った。
「最近、変なんだ」
*
宿の空気が、わずかに変わる。
「変、と言いますと?」
アレンが警戒を強める。
「音がする」
「外だ」
「風じゃない」
「獣?」
ジルが尋ねる。
「違う」
男は首を振る。
「足音だ」
「……でも、誰もいない」
暖炉が、ぱちりと鳴った。
「それは」
セレナが、少しだけ目を細める。
「厄介ですわね」
「……やだ」
アリシアが小さく言う。
「ホラー案件じゃないですか」
「主」
ルナが囁く。
「面白そう」
「面白くない」
アレンが、深く息を吐く。
「……お前といると」
「こういう話に事欠かんな」
「偶然だ」
ジルは言った。
「たぶん」
「“たぶん”を信用できるか!!」
*
その夜。
外は、吹雪いていた。
風。
雪。
視界は白一色。
――その中で。
確かに、
何かが、村の外を歩いていた。
ぎし。
ぎし。
規則正しい、足音。
誰かが、窓の外を見て――
息を呑む。
「……来た」
寒さとは別の理由で、
背筋が冷えた。
北の村は、
どうやら一晩では、済ませてくれないらしい。




