夜道で拾ってはいけないもの
ノクティアの夜は、静かだった。
正確に言えば――
音はあるのに、人の気配が薄い。
通路の奥で、どこかの店の戸が閉まる音。
遠くで子供の笑い声がして、すぐ消える。
「……やっぱり、夜は嫌ですね」
アリシアが小声で言った。
「地下だから余計にですわ」
セレナは平然としている。
「逃げ場が“上”しかありませんもの」
「主、怖い?」
ルナが、いつもより少し強く腕を絡める。
「嫌な感じがする」
ジルは周囲を見回した。
それが、全員の共通認識だった。
*
消えた人間は、全員――
夜、決まった通路を通っていた。
しかも、決まって一人。
「つまり」
アリシアがまとめる。
「夜に一人で歩くと、消える」
「身も蓋もない話ですわね」
「でも試してみる価値はありますよね」
アリシアは意を決した顔で進む。
問題の通路は、旧区画へと続く細道だった。
今は使われていない倉庫群。
照明は弱く、光石も半分以上が死んでいる。
「……あ」
アリシアが足を止めた。
通路の奥。
壁に、妙な染みがある。
「これ……」
「血じゃない」
ジルが即答した。
「古い油だ」
「でも」
アリシアは唾を飲み込む。
「形が、人の……」
「人の形ですわね」
セレナがあっさり言った。
「え、ちょ、軽く言わないでください!」
その時だった。
――ぬるり。
壁が、動いた。
「……来た」
ジルが剣に手をかける。
壁だと思っていた“それ”は、
巨大な影のように剥がれ落ちた。
人の形。
だが顔がない。
腕はあるが、関節が曖昧。
足は、地面に溶けている。
「――なにこれ!!」
アリシアが叫ぶ。
「旧式の魔導生物ですわ」
セレナが冷静に言った。
「“住みつく影”。人を襲うというより……」
「取り込む?」
ジルが続ける。
「ええ。温度と音を真似て、擬態します」
「最悪じゃないですか!!」
影が、じわりと近づく。
「主、斬る?」
「いや」
ジルは一歩前に出た。
「……理由は単純だ」
影に向かって、声を張る。
「お前」
「腹、減ってるだけだろ」
影が、ぴたりと止まった。
「え?」
アリシアが間の抜けた声を出す。
「この街、人は多いが」
「夜は静かすぎる」
「音も、熱も、足りない」
ジルは剣を下ろしたまま続ける。
「だから」
「一人歩きの人間を、取り込んで」
「“街の真似”をしてた」
影が、ゆっくりと縮む。
「……そのようですわね」
セレナが感心したように言った。
「害意はありません。ただの――」
「迷惑な居候です」
「えぇ……」
アリシアは脱力しながら座り込んだ。
「ルナ」
「うん」
ルナが、手をかざす。
淡い魔力が広がり、
影は光に包まれ――
ぺしゃんと、地面に落ちた。
「あまりおしくない」
「食べたのですか!?」
「魔力をだ」
残ったのは、
小さな、影の塊。
「……これ」
アリシアが覗き込む。
「かわいくないですか?」
「……」
ジルは一拍置いてから言った。
「お前、こういうのが趣味なのか……」
*
翌日。
警備隊長は、報告を聞き終えると、長く息を吐いた。
「……つまり」
「人消しの正体は、腹ペコの影」
「そうなるな」
ジルが言う。
「旧区画は封鎖する」
「光石を増やす」
「影は、処分だ」
隊長は頭を掻く。
「深く考えなければ。案外、単純な話だったな」
「考えすぎないこと、ですわ」
セレナが微笑む。
「主、今日ごはん美味しい?」
「たぶんな」
ノクティアは、今日も生きている。
地下でも。
神がいなくても。
そして――
トラブルは、だいたい向こうからやってくる。




