地下都市ノクティア
地下都市ノクティアの朝は、意外なほどに普通だった。
人の声があり、露店が並び、子どもが走り回り、パンの焼ける匂いが漂う。
地上よりも暗いはずなのに、街は妙に明るく、活気に満ちている。
「……普通だな」
ジルが率直に言った。
「“地下都市”って聞いたから、もっとこう……」
アリシアは言葉を探す。
「ジメジメで、陰鬱?」
とルナ。
「それは完全に偏見ですわ」
セレナが即座に切る。
「偏見か?」
ジルは周囲を見渡す。
普通の服装の人々、普通の会話、普通の生活。
「悪魔がいないだけで、だいぶ平和にすごせるのね」
セレナが肩をすくめた。
「いや、悪魔はいるだろ」
ジルはセレナを見る。
「ルナもいるよ?」
ルナは胸を張った。
警備隊長から言われた通り、四人は街の中を散策しつつ、聞き込みを始める。
最初に声をかけたのは、果物を売る露店の親父だった。
「最近、人が消えたって話を聞きませんか?」
アリシアが丁寧に尋ねる。
親父は少し考え込んでから答えた。
「ああ、消えたな」
一同が身構える。
「借金残してな」
「それは逃げただけですね」
アリシアが即答した。
「次!」
次は酒場。
「夜に誰か消えたって?」
酔っぱらった男が笑う。
「消えた消えた! 俺の金も消えた!」
「それは使ったんだろ」
ジルが即ツッコむ。
「細かいこと言うなよ!」
「細かくはない」
通りを進むと、今度は老婆に呼び止められる。
「お前たち、冒険者かい?」
「まあ、そんな感じで」
ジルが曖昧に答える。
老婆は声を潜めた。
「夜になるとね……足音が一つ多いんだよ」
一瞬、空気が止まる。
「……ほら来た」
アリシアが小声で言う。
「怖い話?」
ルナが楽しそうに身を乗り出す。
老婆は続けた。
「自分の足音と、あと一つ」
「それ、自分の杖が鳴ってるだけじゃないですか?」
セレナが冷静に指摘した。
老婆は黙った。
「……あれ?」
「はい次!」
今度は子どもたち。
「ねえねえ、地下の下って知ってる?」
「地下の下?」
ジルが聞き返す。
「うん! もっと地下!」
「そこには何があるの?」
子どもは胸を張って言った。
「怖いの!」
「情報量がゼロだ」
ジルが真顔で言った。
一通り聞き込みを終え、四人は広場の端で一息つく。
「……成果なしですね」
アリシアがまとめる。
「平和すぎる」
ルナは不満そうだ。
「消失事件って言うから、もっと騒ぎになってると思ったけど」
セレナが周囲を見渡す。
人々は普通に暮らしている。
少なくとも、表向きは。
ジルはふと、視線を動かした。
路地の奥。
誰もいないはずの暗がり。
一瞬だけ、何かが動いた気がした。
「……」
「主?」
ルナが気づく。
「気のせいだ」
ジルは短く言った。
アリシアはそれ以上聞かなかった。
セレナも、何も言わない。
その日の夕方、警備詰所に戻って報告をする。
「で、何か分かったか?」
警備隊長の問いに、ジルは即答した。
「分からん」
隊長は深くため息をついた。
「……だろうな」
「ただ」
ジルが続ける。
「今日は、誰も消えてない」
隊長は一瞬、言葉に詰まった。
「……ああ」
その沈黙が、妙に重かった。
四人が詰所を出る頃、街には夜が近づいていた。
地下都市の灯りが、一斉にともる。
それは温かく、穏やかで、
――何も起きていない夜だった。
だがジルは思った。
(こういう夜ほど、信用ならない)
そして何も言わず、歩き出した。




