長生きのコツは深く考えすぎないこと
しばらくの沈黙のあと、警備兵はゆっくりと槍を下ろした。
「……で?」
声が、心底疲れていた。
「悪魔に襲われていたら」
「後ろから、悪魔と人間と悪魔と悪魔が追ってきて」
「途中で下級悪魔が勝手に転んで」
「気づいたら、入口まで全力疾走していた、と」
アリシアは、申し訳なさそうに頷く。
「要約としては、はい……
でも私は人間なので、悪魔と人間と悪魔と人間が正しいです……」
警備兵は、しばらく黙り込み――
そして、空を見上げた。
地上の空は、地下都市の入口では細長い裂け目にしか見えない。
それでも、確かに朝の光が差し込んでいる。
「……もういい」
力の抜けた声だった。
「考えると頭が壊れる。だから考えない」
「それがいい」
ジルが頷く。
「あんたが言うな」
警備兵は、深いため息をつき、ジルを見る。
「正直に言え。お前だろ?悪魔を連れた変な人間ってのは」
「たまによく言われる」
「最悪だ」
だが、槍を構え直すことはなかった。
「……案内する。これ以上はどうにもならん」
完全に諦めきった顔だった。
*
昇降装置は、嫌な音を立てながら動き出した。
錆びた鎖。
年季の入った歯車。
だが、整備はされている。
「思ったより、ちゃんとしてますね」
アリシアが言う。
「壊れたら、逃げ場がなくなりますから」
警備兵は淡々と返す。
「ここでは、それが一番怖い」
ゆっくりと、地上が遠ざかる。
そして――
地下都市ノクティアが、姿を現した。
「……わ」
思わず、声が漏れた。
巨大な空洞。
岩盤を削り出した街並み。
上下に重なる通路と住居。
天井には淡く光る鉱石が埋め込まれ、
昼とも夜ともつかない光が街を満たしている。
「地下……ですよね?」
「上より明るくないですか?」
「光石です」
警備兵が答える。
「“神がいた頃の遺産”とか言われてますが」
「実際は、管理が面倒なだけの石です」
「夢がない説明」
人の流れは多い。
商人が大声で客を引き、
子供が走り、
どこかで鍋を落とす音がした。
「……普通ですね」
アリシアが言う。
「普通であることが、売りだ」
「地上は、普通じゃないからな」
ジルは、街を見渡す。
「生きてるな」
「ええ」
警備兵は頷いた。
「生き延びてる、と言った方が正確ですが」
ルナが、ジルの腕に抱きつく。
「主、わくわくする」
「そうだな」
*
警備詰所は、入口近くの岩壁に埋め込まれていた。
中に入るなり、兵士たちの視線が一斉に集まる。
「隊長!」
警備兵が叫ぶ。
「例の……その……」
「その?」
現れたのは、傷の多い壮年の男だった。
一目で分かる――現場叩き上げ。
「……なんだ、こいつら」
「善良な旅人だ」
ジルが言う。
「たぶん」
「“たぶん”が付く時点で怪しい」
アリシアが、前に出る。
「誤解です!本当に、悪意はありません!」
「悪魔が三人いるが?」
「数の問題じゃないです!そして二人です!」
「問題だ」
隊長の視線が、セレナに向く。
セレナは、にこやかに一礼した。
「ごきげんよう」
「元・悪魔軍幹部ですわ」
「……今日は厄日か」
隊長は、額を押さえた。
「で?」
「何の用だ」
ジルは、少し考えた後に言った。
「近くを通りかかったから寄った」
「最悪だ」
だが隊長は、ふっと息を吐いた。
「……まあいい。あんたら路銀稼ぎに厄介ごとを頼まれる気はないか」
「厄介ごと?」
アリシアの問いかけに隊長は頷きながら、机に地図を広げる。
「最近、この辺りで人が消える」
「消える?」
「死体もない」
「悲鳴もない」
「夜になると、いなくなる」
場の空気が、少し冷えた。
アリシアが、喉を鳴らす。
「……それ、悪魔ですか?」
「分からん」
「だから、気味が悪い」
隊長は、ジルを見る。
「お前たち」
「どう見ても、碌でもない経験を積んでる」
「否定はしない」
「手伝え」
「決定事項ですか?」
「決定事項だ」
「それに俺からの依頼という名目で街を歩けるぞ」
沈黙。
ノクティアの灯りが、静かに揺れていた。
生きている街。
だからこそ、闇もまた、濃い。
ジルは、ため息をついた。
「……結果的に」
「言うな」
――少しだけ周囲の温度が下がった気がした。
この街でもトラブルは尽きない。




