元悪魔幹部は証よりも杯を選ぶ
焚き火は、いつの時代も安心をもたらす。
炎の爆ぜる音が、闇をわずかに遠ざけていた。
ジルは、火を見つめたまま言った。
「……で、セレナ」
「はい?」
軽い返事だった。
「一応聞くが、なんでついてきてるんだ?」
アリシアが一瞬、息を止めた。
聞くとは思っていなかった、という顔だ。
セレナは焚き火越しにジルを見る。
少しだけ、指先で髪を弄んだ。
「理由が必要、ですの?」
「聞いただけだ」
「そうですわね……」
少し考える素振り。
そして、あっさり言った。
「北のシェルター都市、ヴィルディアに忘れ物をしまして」
「忘れ物?」
アリシアが聞き返す。
「ええ。ついでに取りに行こうかと」
「……ついで?」
その言葉に、微妙な沈黙が落ちた。
ルナが、首を傾げる。
「忘れ物、なに?」
「指輪ですわ」
ジルが、少しだけ視線を動かす。
「……指輪?」
「ええ」
セレナは、何でもないことのように続けた。
「悪魔軍幹部の証で」
「悪魔が住む地域に入るための通行証でもありますの」
沈黙。
焚き火が、ぱちりと音を立てた。
「……」
「……」
「……」
最初に声を出したのは、アリシアだった。
「ちょっと待ってください」
「はい?」
「今、すごくさらっと言いましたけど」
アリシアは、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「それって……」
「ものすごく大事な物じゃないですか?」
「考えようによっては、そうなりますわね」
即答だった。
「……」
アリシアの顔が、引きつる。
「それを、忘れて」
「ええ」
「人間と方組んで」
「ええ」
「酒を飲んでた」
「ええ」
理解が追いつかない、という顔だった。
「な、なんでそんな重要な物を……!」
セレナは、少し首を傾げる。
「グラニアは、いい村でしたよ。村長も面白くって」
「理由が軽すぎます!!」
即座のツッコミ。
ルナが、ぼそりと言う。
「幹部、ゆるい」
「名ばかりの幹部が多い組織ですの」
ジルは、焚き火から視線を逸らさずに言った。
「……それ、無いとどうなる?」
「悪魔領に入ると、問答無用で襲われますわね」
「即死じゃないですか」
「ええ」
平然としている。
「……」
アリシアは、頭を抱えた。
「なんでそんな人が、普通に酒盛りしてるんですか……」
「お酒は裏切りませんもの」
「指輪は裏切られたじゃないですか!」
セレナは、くすっと笑う。
「だから、取りに行くんですわ」
「“だから”で済ませないでください!」
ジルが、ぽつりと呟いた。
「……世界は、こうやって壊れたんだろうな」
「納得しないでください!!」
ルナが、ジルの袖を引く。
「主、でも」
「方向、だいたい同じ」
「だな」
アリシアが、顔を上げる。
「……つまり」
「うん?」
「私たちは」
「悪魔軍幹部の通行証を忘れた悪魔と一緒に」
「適当に歩いてる、ってことですよね?」
「結果的にはな」
「結果的に使わないでください!」
セレナは、満足そうに微笑んだ。
「安心してくださいな」
「なにをですか!」
「指輪を取り戻したら」
「きちんと、名乗りをあげますわ。悪魔軍幹部~って」
「今すぐしてほしいです!!」
焚き火が、また一つ爆ぜる。
夜は深く、静かだった。
この旅が、ろくでもない方向へ進んでいることだけは、
全員がはっきり理解していた。
――それと同時に、旅がまだまだ続きそうなことになぜか胸が躍ってしまった。




