旅立ち
朝だった。
防衛隊の寮の前に、荷物が三つ並んでいる。
それだけで十分だった。
確認も、相談もない。
少なくとも――あの二人にとっては。
「……やっぱり、行く気満々ですね」
アリシアがそう言うと、
ジルは不思議そうに首を傾げた。
「他に選択肢あるか?」
ルナはすでにジルの腕に絡みついている。
朝から距離が近い。
「主、外」
「ああ」
「空、広い」
「そうだな」
短い会話。
でも、長い旅を何度もしてきた空気がある。
アリシアは、その様子を横目で見ながら、
「ついて行っても良いってことですよね」
「当然だな」
「今さら置いていく理由がない」
「ですよね……」
「もう一人ツッコミが欲しかったところだ」
「自分はツッコミ側だと思っているのですね……」
もはや確認する意味すらない。
自分は、最初から頭数に入っている。
門へ向かって歩き出しながら、
アリシアは気になっていたことを口にした。
「ジル」
「ん?」
「あなた、この前“人類救済”って言いましたけど」
ジルは足を止めなかった。
「それ、目的なんですか?」
一瞬。
ルナが、ちらりとアリシアを見る。
ジルは、少しだけ考えるような間を置いてから言った。
「結果だな」
「……結果?」
「助けるつもりで動いてるわけじゃない」
「放っとけないから動く」
「そしたら、たまたま人が助かる」
「……それが、救済?」
「そう呼ぶなら、そうだ」
あまりにも軽い言い方だった。
英雄でも、救世主でもない。
使命感すらない。
ただ――
「悪魔がいて」
「人が困ってて」
「面倒事が目の前に転がってたら」
ジルは肩をすくめる。
「無視するほうが、気分悪いだろ」
ルナが、満足そうに頷いた。
「主はそういう人」
「だから好き」
「そういう言い方やめろ」
「やだ」
アリシアは、少しだけ笑ってしまった。
(……なるほど)
人類救済は、ゴールじゃない。
たまたまそこに至るだけ。
この人は、
正しいから動くんじゃない。
楽だからでもない。
そうしない自分が嫌だから動くのだ。
門を抜ける。
――世界は、変わらず終わっていた。
草はない。
正確に言えば、あった形跡だけが残っている。
枯れきった地面はひび割れ、
踏みしめるたびに、乾いた音を立てる。
風が吹けば、砂と灰が舞い上がり、
空気そのものが喉に引っかかるようだった。
遠くで、羽音。
ばさり、と重たい音がして、
黒い影が空を横切る。
「あれは…悪魔ですか?」
「たぶん」
「たぶんって……」
ルナが気にも留めず、ジルの腕にさらに密着した。
「主、外、殺伐」
「いつものことだろ」
「なんだか安心感」
「慣れるな」
街道の両脇には、
崩れた建物の残骸。
かつて畑だったであろう土地。
そして――用途不明の、謎の骨。
「……あの骨、何の骨ですか」
「だいたいにん……」
「やっぱり聞きません」
アリシアは、思わず背中をさすった。
(……神がいなくなって三百年)
(世界、ちゃんと終わってる……)
終末。
滅び。
人が生きるには、あまりにも厳しい景色。
なのに――
「主、道、一直線」
「ありがたいな」
「迷わない」
「終末にしては親切設計だな」
ジルは、あっさり言った。
「……そこ、感想そこなんですか」
「他に言うことあるか?」
「ありますよ!?」
ルナが、きょろきょろと辺りを見回す。
「でもさ」
「何だ」
「悪魔、少ないね」
「確かに」
「朝だから寝てるんじゃないですか?」
「悪魔にも生活リズムあるのか……」
アリシアは、乾いた笑いを漏らした。
(……ひどい世界なのに)
(この人たちといると、緊張感が迷子になる)
荒れ果てた大地。
悪魔の影が舞う空。
終末そのものの景色。
その中を、
呑気な会話をしながら歩く三人。
――この旅は、
たぶん正気じゃない。
でも。
この世界を進むには、
それくらいで、ちょうどいいのかもしれなかった。




