旅立ちは剣が死んでから考えればいい
――翌日。
私たちは、まだ街にいた。
(……あれ?)
(昨日あんなに“旅”の空気だったのに?)
朝の市場はいつも通り騒がしく、
旅立ちの気配など、どこにもない。
「で、今日はどこ行くんですか?」
アリシアがそう聞くと、
ジルは当たり前のような顔で言った。
「鍛冶屋」
「……はい?」
「剣、買い替える」
そう言って、
ジルは腰の剣を抜いた。
――ぼろっ。
鞘から出た瞬間、
刃の一部が欠けて落ちた。
「……主」
「何だ」
「それ、生きてる?」
「死にかけだな」
「死にかけの剣で旅に出る気だったんですか!?」
思わず声が裏返る。
「いや、だから先に買い替える」
「順番が逆なんですよ!」
「逆じゃない。合理的だ」
ルナが剣を覗き込む。
「主、これ呪われてる?」
「呪いじゃない、経年劣化だ」
「かわいそう」
「剣に感情を持たせるな」
(この人……本当に旅する気ありますよね?)
アリシアは、こめかみを押さえた。
「……分かりました。
じゃあ、私が知ってる鍛冶屋に案内します」
「助かる」
「ちゃんとしたところですよ?」
「それは非常に助かる」
はぁ。アリシアは、ため息を漏らした。
――そして。
問題は、そこから始まった。
*
「いらっしゃ……」
鍛冶屋の親方は、
ジルの剣を一目見て、黙った。
次の瞬間。
「……帰れ」
「早くない?」
「冗談じゃねえ。
こんな剣を振るう奴に売る剣はない」
「え?」
「剣が泣いてる」
「ほら!剣にも感情あるって!」
アリシアが慌てて割って入る。
「ま、待ってください!
この人、ちゃんと理由があって――」
「理由があってもだ。
剣を雑に扱う奴は信用できねえ」
「雑に扱ってない」
「嘘つけ」
「長年連れ添った結果だ」
ルナが腕を組む。
「主、嫌われてる」
「見れば分かる」
「主、剣に謝る?」
「なぜ?」
親方が鼻で笑った。
「ほらな。
剣を道具としか見てねえ」
ジルは、少しだけ黙った。
そして、静かに言った。
「……こいつはな」
剣を、親方の前に置く。
「こんなことになるまで、手放せなかった。」
「……」
「思い出っつーか記憶が残ってる」
場の空気が、少し変わる。
「でも無理させちまってた。だから、もう休ませたい」
「……」
「預かってはくれないか。新しい旅も始まりそうなんだ」
ジルは柔和な笑みをこぼしながら言う。
親方は、しばらく黙っていた。
「……チッ」
奥へ引っ込む。
数分後。
「材質も構造もほどんど同じ。両刃の剣だ」
「?」
「あんた、無理して刃を通すだろ。少しは労わって使えよ」
差し出されたのは、
質実剛健な剣だった。
ジルが振る。
――いい重さだ。
「……いいな」
「だろ」
親方は、ジルの古い剣を見る。
「その剣は、預かる」
「いいのか」
「文句あるか」
「ない」
ルナが、満足そうに頷いた。
「主、よかったね」
「ああ」
アリシアは、深く息を吐いた。
(……結局、丸く収まるのね。お代ちゃっかり踏み倒してるし…)
*
店を出た後。
「さて」
「さて、じゃありません!」
アリシアが指を突きつける。
「旅は!?」
「ああ」
「今日じゃないんですか!?」
「剣慣らしが必要だ」
「理由が増えてる!」
ルナが笑う。
「明日かな」
「ほんとですか?」
「たぶん」
(この人たち……)
アリシアは、呆れたように、
でも少し楽しそうに笑った。
(旅立ちは遅れてるのに)
(確実に、前に進んでる)
そんな気がした。




