第八章 修道僧ロレンスの驚きと同意
ヴェローナの丘の上に、小さな修道院があった。
朝靄の中、薬草の香りが漂い、石造りの壁には蔦が這っている。
そこに身を寄せているのが、修道僧ロレンス。街の人々から尊敬される学識の士であり、薬草学の達人だった。
ロレンスは庭で草を摘んでいた。
夜明けの露を集めるのが日課であったが、その静けさを破るように駆け込んできた影があった。
「神よ、なんと早い訪問者だ……ロミオか?」
汗をにじませたロミオが膝をついた。
その瞳には熱が宿っていたが、それは従来の“詩人の恋”とは異なるものだった。
「父よ、僕は……結婚したいのです。ジュリエット・キャピュレットと」
ロレンスは手を止め、目を丸くした。
「ジュリエット……? 待ちなさい。昨日までロザラインに涙を流していたお前が、もう別の娘に結婚を誓うというのか?」
その言葉は鋭かった。
だがロミオは、怯むことなく答えた。
「ロザライン……確かに、僕の初恋でした。けれど、彼女は沈黙で僕を拒んだ。そして、その沈黙が僕を導いたのです。ジュリエットに出会えと」
ロレンスの眉がわずかに動いた。
彼の言葉に、単なる浮気心ではなく、何か冷たい確信があったからだ。
「……ロザラインが導いた、だと?」
「ええ。あの沈黙は“命令”でした。ジュリエットと結ばれ、彼女を通じて──僕は果たさねばならない。そう感じたのです」
ロレンスは口元に手を当て、しばし考え込んだ。
「ロミオ、お前は若い。恋に浮かされているのではないか?」
「恋ではありません」
ロミオはきっぱりと答えた。
「これは使命です。……それでも、ジュリエットを見たとき、胸が震えました。あの震えが偽りであるなら、神に誓って僕は嘘をつき続けましょう。ですが、それは確かに“愛”でした」
その言葉に、ロレンスはため息をついた。
「……愚か者め。だが、愚かさこそ若さの証。お前の恋が真実か否か、私には断じられぬ」
しばしの沈黙。
そして、ロレンスは目を閉じてから言った。
「だが、この結婚は意味を持つかもしれん。もしモンタギューとキャピュレットの子らが結ばれれば、長き争いも終わるやもしれぬ」
ロミオは目を輝かせた。
「承知していただけますか!」
「……承知しよう。だが忘れるな、ロミオ。お前の望みが神の御心と合致するとは限らぬ」
ロミオは頷いた。
しかしその胸の奥で響いていたのは、神の御心ではなく、ロザラインの沈黙だった。
「……ありがとうございます、父よ。僕は必ず、この結婚を成し遂げます」
ロレンスは薬草を摘み終え、手のひらに収めながら小さく呟いた。
「──願わくば、この若者の恋が災いではなく、平和の種となりますように」
だが、その祈りが届くことはなかった。




