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第六章 バルコニーの誓い

 夜の静けさが、ヴェローナの空を覆っていた。


 キャピュレット家の庭。月明かりが淡く地面を照らし、薔薇の茂みが風に揺れていた。


 ロミオは、影の中から屋敷のバルコニーを見上げていた。

 そこに、ジュリエットの姿が現れる。


 ──あの娘がロザラインの代わりに、舞踏会で自分の心を奪った少女。


 胸の奥が軋む。これは愛なのか、それとも……

 ロザラインの意思に従うことで、自分の存在意義を保とうとする錯覚なのか。


 ジュリエットはまだ気づかずに、月を見上げて呟いた。


「ロミオ、ロミオ……なぜ、あなたはモンタギューなの……?」


「モンタギューを捨てて。名を捨ててくれたら……どんなに楽になれるかしら……」


 ロミオはその声に息を呑む。

 その嘆きは、ロザラインの名ではなく、自分の敵の名に苦しむもの。


 ──だが、自分はその“敵”であることを選んだ。

 彼女の愛を得るためではなく、ロザラインの意志を遂げるために。


 ロミオは影から姿を現した。


「ジュリエット……それほどに僕の名が、君を苦しめていたのか」


 ジュリエットは驚き、しかし声を潜めた。


「誰っ……? ……ロミオ? 本当に……?」


「本当に。君の前にいるのは、僕──モンタギューのロミオだ」


「どうしてここに……? もし見つかれば、殺されてしまう……!」


 ロミオは微笑む。


「君の声に引き寄せられた。たとえ命を賭してでも、今夜、君に伝えなければならないことがあった」


“With love's light wings did I o'er-perch these walls…”

(愛の翼で、僕はこの壁を越えた)


“For stony limits cannot hold love out…”

(石の壁が、愛を止めることはできない)


“And what love can do that dares love attempt…”

(愛のために挑むのは、当然のこと)


“Therefore thy kinsmen are no stop to me.”

(だから、君の親族も僕を止められはしない)


 ジュリエットは胸に手を当て、苦しげに俯いた。


「どうして……こんなにも心が揺れるの……モンタギューなのに……敵なのに……」


 ロミオは彼女を見つめた。


「僕の名前が何だというんだ。名前など、ただの印にすぎない。……君が望むなら、捨てよう」


 その言葉は、まるで愛の告白のようだった。

 だが、その裏に潜むものを、ジュリエットは知らない。


 ──ロミオは、自分の言葉がどこまで本心なのか、分からなくなっていた。


 ロザラインのために、ジュリエットに近づいた。

 だが、ジュリエットはあまりにまっすぐで、まるで誰かの代わりではない“ひとりの人間”だった。


 この心の迷いは、弱さなのか。それとも──


 ジュリエットは手を伸ばした。


「では、あなたは……私を愛してくれるの?」


「……ああ。愛しているとも」


 その言葉に、嘘は混ざっていなかった。

 だが、“理由”が違った。


 ロザラインを手に入れるため。彼女に認められるため。

 そして、それが“愛”であるならば、今この感情もまた、愛の一部だろう。


 ジュリエットは震える声で言った。


「なら、明日……また会える?」


「明日、修道院で。……修道僧ロレンスの元で、君にすべてを誓おう」


「……誓って、ロミオ。私たちの愛に、永遠を」


「君にかけて、誓う」


 ふたりの手が触れ合った。

 その一瞬、世界にはふたりしか存在しなかった。


 ──だが、ロミオの瞳の奥には、もう一人の女の影があった。


 ロザライン。

 その沈黙こそが、この夜の誓いを導いたのだ。

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