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第四章 仮面舞踏会・後夜

 熱狂の只中、仮面舞踏会の大広間では、貴族たちが仮面越しに笑い、囁き、踊り続けていた。


 その中心で、ロミオとジュリエットは見つめ合いながら、静かにステップを踏んでいた。紅のドレス。白い肌。澄んだ瞳。彼女のすべてが、ロミオの胸を射抜いていた。


「君は、まるでこの世のものとは思えない……」


 ロミオはそう呟いた。ジュリエットは微笑むが、その頬には確かな赤みが差していた。


“If I profane with my unworthiest hand this holy shrine…”

(もし僕が、この聖なる祈りの場に不敬の手を差し伸べたのなら……)


 彼は彼女の手を取り、その指先に口づける。


“…My lips, two blushing pilgrims, ready stand…”

(僕の唇は、赤く染まる巡礼者。許しを乞うためにここに立つ)


 ジュリエットは視線を落とし、かすかに息をのむ。


“Good pilgrim, you do wrong your hand too much…”

(優しき巡礼者よ、あなたの手は不敬ではなく、信仰の証です)


 その瞬間、ふたりは唇を重ねた。


 祝福とも呪いともつかぬその一瞬。世界が静かに溶ける。


 ──しかし、その空気を壊す者がいた。


「ジュリエット、お嬢様。ご機嫌よう」


 低く柔らかい声。パリスだった。


 エスカラス大公の長男。凛々しく整った顔立ちと上品な立ち振る舞い。彼は仮面越しにジュリエットに近づいた。


「この度はお目にかかれて光栄です。貴女の美しさに見惚れ、言葉を失いそうです」


 ジュリエットは礼を返す。


「……お言葉、ありがとうございます」


 だがその表情には、どこか冷たい距離があった。


 パリスは目を細めた。


「この後、踊っていただけますか?」


「申し訳ありません、少し疲れてしまいました」


 断られたパリスは、表情を崩すことなく会釈して去っていったが、その背にはわずかな怒気が宿っていた。


 ジュリエットはそっと息をついた。


 その様子を見つめるロミオに、ふたりのやり取りは奇妙に映った。


 なぜ、彼女のような娘に、あのような目が向けられるのか。なぜ、自分の心がこんなにも揺れるのか。


「……君の名を、教えてくれないか?」


「それは、今は秘密にしておきます」


「なら、君も僕の名を……」


 そのとき、ふたりの間にふくよかな年配の女性が割って入った。


「お嬢様、そろそろお部屋にお戻りを。お父上がお呼びです」


 彼女はキャピュレット家に仕える侍女──マルタ。ジュリエットの乳母にして、育ての母代わりの存在だった。


 マルタは一瞥して、ロミオに尋ねた。


「あなた様は……どちらのお家のご子息ですか?」


 ロミオは一瞬、ためらった。


 しかし、もう隠す必要はないと感じた。


「ロミオ。ロミオ・モンタギューと申します」


 マルタの表情が凍る。


「……お嬢様、すぐにお戻りを」


 ジュリエットの体が硬直する。


「モンタギュー……?」


 その名を呟いた瞬間、彼女の表情からすべての血の気が失せた。


 彼女はロミオを見つめたまま、一歩、また一歩と後ずさり、マルタに促されるまま舞踏会の喧騒の奥へと消えていった。


 ロミオはただ、その背を見つめることしかできなかった。


 踊った時間。交わした言葉。唇を重ねた記憶。それらが一瞬にして別の色に染まっていく。


「……モンタギュー、というだけで」


 誰に向けた言葉でもなく、ただ呟いた。


 ──その夜、ジュリエットは眠れなかった。


 寝室の窓辺に立ち、月を見上げながら、ぽつりと呟いた。


「ロミオ、ロミオ……なぜあなたは、モンタギューなの……?」


 その囁きは夜に吸い込まれ、誰の耳にも届かぬまま消えていった。

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