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第三十三章 闇の誓い

 ロミオの亡骸の傍らで、ジュリエットは目を開いた。

 長い眠りから引き戻されたように浅い息を繰り返し、やがて視線はすぐ隣に横たわる青年へと注がれる。


「……ロミオ?」


 呼びかけても返事はなかった。彼の手は小瓶を握り締めたまま冷たく、その瞳は永遠に閉ざされていた。


「ああ……この杯。毒を飲んだのね……。卑しい薬売りは、金で心を売ったのね……」


 彼女は彼の唇に自らの唇を重ねた。まだわずかに温もりが残っていた。


「……もし毒の余り香が残っているなら、私も一緒に……」


 だがその願いは叶わなかった。毒はすでに飲み尽くされていたのだ。ジュリエットの瞳に新たな光が映る。床に転がったロミオの短剣である。


「おお、短剣よ……喜んで。お前の鞘はここ――私の胸」


 そう言うと、彼女はためらいなく刃を突き立てた。鮮血が白布を濡らし、彼女はロミオの傍らに崩れ落ちた。

 その手は、彼の手を求めて絡み合い、二人の亡骸はまるで永遠に結ばれたかのように横たわった。


 聖堂の空気は冷え切り、蝋燭の炎だけが死者たちを照らしていた。棺の前には三つの亡骸――騎士パリス、モンタギューのロミオ、そしてキャピュレットの娘ジュリエットが並んで横たわっている。


 その静寂を破ったのは、扉が打ち開かれる音だった。松明を掲げた一団が雪崩れ込み、光に浮かび上がったのは家長キャピュレットと夫人、モンタギュー、そしてヴェローナ大公エスカラスであった。


 キャピュレット夫人は蒼白な顔で駆け寄り、棺に身を投げ出した。

「ジュリエット! ああ、わが娘よ……どうしてこんな姿に!」


 家長キャピュレットもその場に膝をつき、血に濡れた胸を見て嗚咽を洩らした。

「見ろ……わしの娘が……。自ら胸を突き、命を絶ってしまった……なんと無残!」


 一方、モンタギューはロミオの亡骸にすがり、声を震わせた。

「ロミオ……息子よ! 殿下、私にはもう何も残ってはおらぬ……妻は悲しみに息絶え、今またこの子まで……」


 悲嘆の声が交錯する中、修道僧ロレンスが蒼ざめた顔で進み出た。

「……すべてを語らねばなりません。ジュリエットには確かに、私から仮死の薬を授けました。だがその後――ロミオを導く役目はロザラインに委ねてしまったのです。彼が何を渡され、どう動いたのか……私は知らぬ。ただ、この結末がすべてを語っています」


 人々は沈痛な面持ちで沈黙した。その中を、侍女メアリーが進み出る。彼女は元看護婦であり、医術の心得を持っていた。静かに亡骸の間を巡り、パリスの胸に耳を当て、ロミオの脈を取り、ジュリエットの呼吸を確かめる。やがて彼女は顔を上げ、静かに告げた。

「……三人とも、もう戻りません。パリス様も、ロミオ様も、ジュリエット様も――確かに死んでいます」


 その言葉は重く響き、聖堂の誰もが打ちひしがれた。


 やがて大公エスカラスが前に出て、厳しい声を放った。

「見よ、これが汝らの争いの果てだ。若き命が三つも散った。ロザラインがどう関わったかは後に明らかになるだろう。だが今ここで、両家は和解せねばならぬ」


 家長キャピュレットは震える手でモンタギューに手を差し伸べた。

「……もう十分だ。これ以上の犠牲は御免だ。和解しよう、モンタギュー殿」


 モンタギューも涙に濡れた顔で頷き、その手を握った。

「息子を失った我が家からは、ジュリエットの像を建てよう。これほど忠実な娘を、世界は知らぬ」


「ならば、我らもロミオの像を立てよう。二つの像を並べ、二人の死を記憶に刻むのだ」


 エスカラスは重々しく結んだ。

「陰鬱な平和が訪れた。だが世にこれほどの悲話はない。ジュリエットと、そのロミオの物語ほどに」


 人々は涙に暮れながら退場し、やがて聖堂には静寂だけが残った。


 ――だが、それで終わりではなかった。


 蝋燭の炎が揺れ、影が壁を這う。その中で、かすかな音が響いた。

 ロミオの指が震え、閉ざされていた瞼がゆっくりと開く。瞳は血のように赤く輝き、もはや人のものではなかった。

 ジュリエットもまた、胸を貫かれたはずの傷口が黒い薔薇のように閉じ、同じ赤い光を宿して目を開いた。


 二人は互いを見つめ、血に濡れた唇から同じ言葉を洩らした。


「……ロザライン様……」


 それは愛の名ではなく、支配の名。

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