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第三十一章 血の聖堂

 聖堂の扉が閉ざされ、蝋燭の炎だけが空気を震わせていた。

 石壁に反響するのは、二人の男の荒い息と、刃と刃が擦れ合う甲高い音。


 ロミオはすでに幾度も弾き飛ばされていた。剣を握る腕は震え、肩からは血が滴り落ちている。体は石床に何度も叩きつけられ、骨の髄まで痛みに蝕まれていた。

 しかし彼の瞳だけは消えることなく、狂気の炎を宿し続けていた。


 パリスは容赦なく迫る。

「どうした、モンタギュー! その程度か! ジュリエットを弄んだ罪人が!」

 彼の剣は重く、正確であった。

 かつて戦場を駆け抜けた騎士、その技量はティボルトをも凌いでいた。ティボルトが激情の刃ならば、パリスは理と訓練に裏打ちされた鋼。踏み込みも、斬撃も、すべてが隙なく洗練されていた。


 ロミオは受け止めるのが精一杯であった。刃を合わせるたびに腕は痺れ、胸は焼けつくように苦しくなる。呼吸を整える間もなく次の一撃が襲いかかり、体勢を崩される。


 ――強すぎる。


 心の奥で震えが走った。ティボルトを討ったときのような優越感は一切ない。ただ、圧倒的な壁に叩き潰されているだけだ。


 パリスは怒りの声を上げた。

「ロザラインの犬め! お前の剣は己の意志ではなく、女の陰謀のために振るわれている! 誇りもなく、騎士の名に値せぬ!」


 その言葉が胸を抉る。しかしロミオは唇を噛み、血を吐きながら立ち上がった。

「……それでもいい。それが俺の愛だ!」


 剣を握る手に力がこもる。

 パリスの剣が振り下ろされ、石床が裂ける。火花が散り、教会に轟音が響く。

 ロミオは転がりながら避け、辛うじて立ち上がる。


 傷だらけの体で、彼は再び剣を構えた。

 目に浮かぶのはロザラインの姿。幼き日に自分を打ち据え、「強くなれ」と叱咤した眼差し。拒絶し続けた女。だが、憎しみと渇望のすべてを抱えた女。


「ロザライン……俺はお前のために戦う!」


 その叫びが彼を立たせる。

 再び刃と刃が交錯した。火花が散り、蝋燭の炎が震える。


 パリスの剣筋は淀みなく、ロミオは防戦一方だった。

 だがその中で、わずかな隙を必死に探す。

 何度も弾かれ、剣を落としかけ、それでも拾い上げる。

 膝が崩れても、床を這ってでも立ち上がる。


 ――ロザラインのために。


 血の匂いが立ち込め、二人の影が壁に踊った。

 ついに、パリスの剣が深く振り下ろされ、石床に食い込んだ。

 一瞬、体勢が崩れる。


 その瞬間を、ロミオは見逃さなかった。

 全身の力を振り絞り、剣を突き出す。


「これで終わりだ!」


 刃はパリスの胸を貫いた。

 騎士の瞳が見開かれ、驚愕と無念の色を宿したまま、血が口から溢れた。


「……馬鹿な……この私が……」


 剣が手から滑り落ち、パリスの体は棺の前に崩れ落ちた。

 伸ばした手はジュリエットに届かず、石床を掴んだまま動かなくなる。


 ロミオは荒い息を吐き、血に濡れた剣を下ろした。

 全身は裂傷だらけで、立つのもやっとだった。

 だが、その目には狂気の光が残っていた。


「……パリス。お前の命で、ロザラインの復讐は果たされた」


 彼は懐から小瓶を取り出した。赤黒い液体が揺れ、蝋燭の光を吸い込む。

 唇に笑みを浮かべ、囁くように言った。


「待っていてくれ、ロザライン……。すぐに、お前のもとへ行く」


 蝋燭の炎が大きく揺れ、血の匂いが充満する聖堂の中で、若者は最後の愛を遂げるために小瓶を唇へと傾けた。

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