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第二十九章 マントヴァの使者

 マントヴァの宿。

 追放されて幾日も過ぎ、ロミオは薄暗い部屋の窓辺に座っていた。

 彼の目は虚ろで、机の上には破られた詩の紙片が散らばっている。

 故郷を追われ、ジュリエットとも引き離され、胸の奥に残るのはただ虚しさだった。

 

「……ジュリエットは、今どうしているのだろう」

 小声で名を呼び、額を押さえる。

 心の底から湧き上がるのは、彼女への愛ではなかった。

 ロザラインの笑み、彼女の声――幼い頃から胸に刻まれた面影が離れない。

 (あの人のためなら、どんな苦しみも……)


 その時、扉を叩く音がした。

「ロミオ様……」


 現れたのは、ロザラインの侍女、メアリーだった。

 黒衣に身を包み、旅の塵をまといながら、彼の前に深く頭を垂れた。


「メアリー? なぜここに……」


「お嬢様からの言伝をお届けに参りました」

 メアリーは懐から封じられた小巻物と、小瓶を取り出した。

 瓶の中には赤黒い液体が揺れている。


 ロミオは息を呑み、両手でそれを受け取った。

 震える指で巻物を解く。


――『ロミオ。

 ジュリエットは教会に眠り、その棺を見守るパリスは日々そこに通っている。

 行け、彼を討ち、その血で我が復讐を成せ。

 その後、この瓶を飲み干し、あの世へ向かえ。

 次の世では、必ずお前の気持ちに応えよう。

               ロザライン』


 ロミオの目が潤んだ。

「ロザライン様が……次の世で……!」


 彼の胸を焼くのは、復讐の炎。

 そして、それを果たした後に与えられるという甘美な約束。


 ロミオは瓶を掲げ、唇に微笑を浮かべた。

「これが、俺の使命……。

 パリスを討ち、そして……あなたのために死ぬ」


 メアリーはその顔を見つめた。

 胸の奥で小さなため息を漏らしながらも、口には出さなかった。

 彼女の役目はただ、伝言を届けること。

 その先に待つ運命を知りながら、黙して頭を下げるだけだった。


 ロミオは立ち上がった。

 追放の地で失った誇りが、今、再び剣となって甦る。

「待っていろ、パリス……。

 お前を討ち果たし、俺はロザライン様の望みに殉じる!」


 蝋燭の炎が激しく揺れた。

 復讐と死を抱いた若者の影が、壁に長く伸びていた。

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