第三章 仮面舞踏会の夜
キャピュレット家の大広間が、無数の燭台の灯りで黄金に輝いていた。
仮面舞踏会──それは、名門キャピュレット家の誇る、年に一度の祝祭の夜。貴族たちは豪華な衣装に身を包み、仮面を纏い、身分も素顔も忘れて踊る。
その夜、私は舞踏会に姿を見せなかった。
否、最初からそのつもりだった。
ジュリエットが主役を務め、パリスと顔を合わせるその日。その舞台に、私は不要だった。代わりに送り込むべき存在が、いたのだから。
──ロミオ・モンタギュー。
そして、その手引きをしたのは、マキューシオ。
「こんなバカげたこと、俺にしかできねぇな……」
マキューシオは仮面を深く被り、ロミオを舞踏会へと導いていた。
「気をつけろよ、ロミオ。お前は今日、“死地”に足を踏み入れる。キャピュレット家のど真ん中にな」
ロミオは静かに頷いた。
「かまわない。……彼女がそこにいるのなら」
その声には、確信があった。
仮面の下で彼は、信じていた。あの手紙、あの招待状が、本当にロザラインからのものだと。
仮面舞踏会は、まさに佳境を迎えていた。宮廷楽団の奏でる旋律に合わせ、人々は優雅に舞い、仮面越しにささやき合う。だがその中央──紅のドレスを纏い、月のように白い肌を持つひとりの少女がいた。
ジュリエット。
スカーレットは、キャピュレット家の正統なる令嬢にだけ許される色。今日の主役である彼女がその衣装を着ることは、当然だった。
──けれど、ロミオはそれを知らなかった。
彼にとって、スカーレットはロザラインの印だった。
彼は迷いなく歩み寄り、その娘の手を取った。
「失礼、貴女を誘っても……?」
ジュリエットが驚いたように目を見開く。だが、拒まなかった。
ロミオの瞳には、ただひとりの少女の面影が重なっていた。
“If I profane with my unworthiest hand this holy shrine, the gentle fine is this: my lips, two blushing pilgrims, ready stand to smooth that rough touch with a tender kiss.”
(この聖なる御手に、つたない僕の手が触れたなら──それは罪。だが、償いはこの唇で。巡礼者のように、優しい口づけを)
ロミオのその言葉に、ジュリエットは頬を染めながらそっと答えた。
“Good pilgrim, you do wrong your hand too much… palm to palm is holy palmers' kiss.”
(優しき巡礼者よ、その手は罪ではありません。掌と掌を重ねる、それが清きキスなのです)
ロミオは、ロザラインを見ているつもりだった。
ジュリエットは、運命に導かれて彼の手を取った。
その瞬間、仮面舞踏会はただの祝祭ではなくなった。
私の仕掛けた罠が、音もなく作動し始める──。




