第二十三章 仮初めの救済
礼拝堂の奥。
ジュリエットは涙で頬を濡らし、ロレンスの足元にひれ伏した。
「神父様……どうか助けてください!
父は木曜にパリス様との結婚を命じました。
母も私を見放し、マルタまでもが裏切ったのです。
もし従えというなら、私は短剣で自らを刺してでも死にます!」
ロレンスはしばし沈黙し、深く息を吐いた。
「死を選ぶ前に、ひとつだけ道がある」
「道……? どんなものですか?」
ジュリエットは涙に濡れた瞳で縋りついた。
ロレンスは衣の内から小瓶を取り出した。
赤黒い液体が蝋燭の灯を受け、不気味にきらめいた。
「これを飲め。
お前は四十二時間、脈も息も絶えたかのように眠る。
皆はお前を死んだと思い、棺に納めるだろう。
だが時が来れば目を覚まし、再び立ち上がれる。
その時、お前を迎えるのはロミオだ」
ジュリエットの胸にかすかな希望が差した。
「……本当に……ロミオのもとへ行けるのですね?」
ロレンスは頷き、厳かに言った。
「勇気を持て。この道を選べば、未来はお前の手に戻る」
ジュリエットは両手で小瓶を受け取り、震える声で答えた。
「……私は飲みます。死よりも恐ろしい未来から逃れるために」
ロレンスの表情に冷たい影が宿った。
「よい。これでお前の運命は定まった」
──だがジュリエットは知らなかった。
この薬には仮死の効能の裏に、もっと深い闇が潜んでいることを。
吸血鬼の血が仕込まれており、飲んだ者は人としての魂を失い、醜悪な化け物としてロザラインに縛られる。
それを知るのは、調合したメアリーと命じたロザラインのみ。
ロレンスはただ、仮死薬と信じて渡したにすぎなかった。




