第二十二章 受け渡された小瓶
修道院の奥、厚い石壁に囲まれた小部屋。
蝋燭の炎が揺れ、冷たい影を壁に踊らせていた。
祭壇の前に立つロレンス修道僧は、静かに両手を組み、来訪者を待っていた。
やがて扉が軋み、メアリーが姿を現した。
元は看護婦として仕え、薬と毒の心得を持つ彼女の手には、黒布に包まれた小瓶が抱えられていた。
その指はわずかに震えている。
「……修道僧様」
膝を折り、布を解くと、赤黒い液体を湛えた硝子瓶が現れた。
粘つくように揺れるその液は、蝋燭の光を浴びて血のように妖しく輝いた。
「ロザライン様のご命により、調合いたしました。
飲んだ者は、四十二時間、まるで息絶えたかのように眠りに落ちます。
周囲の者は皆、死んだと信じるでしょう。
しかし時が来れば、必ず目を覚まします」
ロレンスは静かにそれを手に取り、瓶越しに液を見つめた。
唇に冷たい笑みが浮かぶ。
「よかろう。これであの娘を縛ることができる」
その声に、神への慈悲の響きはなかった。
ただロザラインの意志を遂行する同盟者の冷徹な決意だけが漂っていた。
メアリーは深く頭を垂れながら、胸の奥で別の思いを抱いていた。
──この薬は仮死を与えるだけではない。
中には吸血鬼の血が混じっている。
それを飲んだ者は人としての魂を失い、醜い化け物へと堕ちる。
己の意志を奪われ、ただロザライン様の命令に従う傀儡となるのだ。
だが、その真実は口にできなかった。
聖職者たるロレンスに、吸血鬼の血を扱わせるのはあまりに危うい。
彼の信仰心が抵抗を生む恐れを、ロザラインもメアリーも知っていた。
ゆえに表向きは「仮死の薬」とだけ説明し、闇の本質は秘められたまま託されたのだ。
「これでよい。ロザライン様の御心は、必ず果たされるだろう」
ロレンスは小瓶を衣の内に仕舞い込み、蝋燭の影に身を沈めた。
その影は、やがて一人の娘を永遠の闇へと誘う鎖となるのだった。




