第十九章 虚ろなる一夜
寝所の闇に鳥の声が響いた。
ジュリエットはベッドに身を起こし、必死に耳を澄ませていた。
「いいえ、あれは夜うぐいすよ。まだ夜は終わっていない。
ほら、窓の外もまだ暗い……。お願い、行かないで。
せめてもう少しだけ……ここにいて……」
ロミオは彼女の肩を抱き寄せ、窓辺を指差した。
「いや、あれはひばりの声だ。夜明けを告げている。
見ろ、東の空が白んできた。
もう俺は行かねばならない。ここに留まれば命を落とす」
ジュリエットは首を振り、涙をこぼした。
「死んだってかまわない! あなたと離れるくらいなら……。
もし兵に捕らえられるなら、この腕の中で果てたい!」
ロミオは彼女の唇を奪い、強く抱きしめた。
すすり泣きは次第に熱に変わり、やがて蝋燭の炎が消えた。
夜うぐいすとひばりの声が重なり、暁が訪れた。
ベッドに身を沈めたジュリエットは、シーツを握りしめて震えていた。
髪は乱れ、頬は紅潮し、瞳は涙に濡れている。
その顔には安らぎではなく、不安と羞恥が深く刻まれていた。
ロミオはすでに衣を整え、窓辺に立っていた。
冷えた瞳が差し込む光を見つめ、静かに言った。
「もう行かねばならない。マントヴァで俺を待っていてくれ」
ジュリエットは声をあげて泣き、彼の手にすがった。
「いや……行かないで……! まだ夜明けじゃない、ひばりなんて聞こえない!」
ロミオは振り返り、淡い笑みを浮かべた。
「いや、確かにひばりの声だ。
朝は来た。ここにいれば、君までも危険に巻き込む」
その声は優しく響いた。だが、その奥に温もりはなかった。
──彼はジュリエットを愛していない。
この一夜にすべてを許させたのも、彼女を深く縛りつけ、後に絶望させるため。
愛の営みすら、復讐のための冷たい計算にすぎなかった。
ジュリエットは泣き崩れたまま、シーツを胸に抱きしめて嗚咽した。
ロミオは振り返らずに窓を越え、そのまま去っていった。
──後に私は、メアリーを通じてこの一夜のことを知った。
ジュリエットは「彼にすべてを許した」と震えながら告白したという。
だが私にはわかっていた。
ロミオの抱擁に愛はなく、彼の心を支配していたのは私への執着と、復讐の未完の痛みだけだったのだ。




