第十六章 復讐の章(四)
――親友の血と涙
マキューシオが石畳に崩れ落ちた。
その血は暑さに焼かれた石にすぐさま広がり、黒ずんだ赤となって滲んでいく。
ロミオは呆然とその場に立ち尽くし、やがて膝をついた。
「マキューシオ……なぜだ……どうして俺が止めようとした時に……!」
彼は震える手で、親友の顔に触れた。
マキューシオの唇は血に濡れ、かすかな息を吐き出した。
「……ロミオ。お前の……せいで……俺は……」
その言葉にロミオの顔が歪んだ。
「違う……違うんだ! 俺は争いを止めたかっただけなんだ! それなのに……!」
彼の声は掠れ、涙が頬を伝った。
「お前は俺の親友だ……兄弟のように育った仲だ……! こんな終わり方があってたまるか!」
私は陰からその光景を見つめ、静かに息を吐いた。
──悲しめ、ロミオ。もっと泣け。その痛みが、やがて私の望む刃になる。
マキューシオの目が虚ろに揺れ、最後の力で叫んだ。
「……キャピュレットも……モンタギューも……たたられろ!」
その声と共に、彼はぐったりとロミオの腕の中に沈んだ。
広場は静まり返り、蝉の声さえ止まったかのようだった。
ロミオは震える声で囁いた。
「……許してくれ、マキューシオ。俺のせいで……お前を失った」
彼は血に濡れた手を見つめ、拳を握りしめた。
「だが、このままでは終わらせない。
お前の魂が天へ昇る前に……俺がティボルトを追いやってやる!」
その瞳に、涙と炎が同時に宿るのを私ははっきりと見た。
──そう、それでいい。
ロミオは悲しみの中でついに「理由」を手に入れたのだ。
「ティボルト……」ロミオは立ち上がり、剣を抜いた。
「俺はお前と戦わないつもりだった。だが今は違う。
マキューシオを殺したお前を、この手で討つ!」
その言葉は正義の叫びに聞こえた。
だが私は知っている。ロミオは本心では、初めからティボルトを排除したかったのだ。
キャピュレットの誇りと牙を体現するこの男を倒すことは、彼にとっても、そして私にとっても、待ち望んだ結末だった。
ただ、口実がなかっただけ。
今、友の死がその理由を与えたのだ。
鋼の刃が光をはじき、群衆がざわめいた。
ティボルトは挑発するように笑みを浮かべ、剣を構える。
私は影の中で胸の奥から熱を感じていた。
──ようやく駒が動いた。
悲しみと怒りと、そして私の命が重なり合い、ロミオの刃を走らせる。
こうして、運命の決闘が始まった。