第十六章 復讐の章(一)
――暑さと火種
その日、ヴェローナの広場には重い空気が流れていた。
真夏の太陽が石畳を照り返し、じっとしていても頭に血が上るほどだ。
私は陰に身を潜め、様子をうかがっていた。
もちろん偶然じゃない。私はあえて、マキューシオに「ここで待て」と吹き込んでおいたのだ。
ロミオを誘い出し、ティボルトと鉢合わせさせるために。
先に現れたのは、ベンヴォーリオとマキューシオだった。
ベンヴォーリオは落ち着かない様子で、広場を見回している。
「マキューシオ、もう帰ろう。今日は暑すぎる。こんな日に外にいれば、すぐに喧嘩になるぞ」
マキューシオはにやりと笑って肩をすくめた。
「何だ、ベンヴォーリオ。お前こそ一番喧嘩をふっかけるくせに。
剣を抜けば、通りすがりの犬にだって向けるだろう?」
「冗談はやめろ」ベンヴォーリオは顔をしかめる。
「俺は争いごとは避けたいんだ」
「ははっ、そう言いながらいつも一番先に剣を抜くのは誰だ?」
二人の軽口に、私は小さく笑った。
──いいぞ。緊張が高まれば、火はつきやすい。
私が望むのは、まさにその瞬間だ。
そのとき、ティボルトが数人の従者を連れて現れた。
灼けるような空気が、さらに重たくなる。
「ほら見ろ……」ベンヴォーリオが青ざめてつぶやく。
「だから帰ろうと言ったんだ」
けれどマキューシオは一歩も引かない。
「おや、猫殿のおなりだな。爪を隠したりはしないだろうな?」
ティボルトの目が冷たく光った。
……さあ、盤上の駒はすべてそろった。
ここからが私の望んだ幕だ。