第十二章 友の憂慮
昼下がりのヴェローナ。
陽射しは強く、石畳は熱を帯びていた。
そんな中、広場の一角に三人の若者が腰を下ろしていた。
ベンヴォーリオが真剣な顔で口を開いた。
「ロミオ、聞いたか? ティボルトが昨夜の舞踏会の件で激怒している。血を見るのも時間の問題だ」
マキューシオは葡萄酒をあおり、口元を歪めた。
「奴は猫のように爪を研いでいるさ。剣の腕前は確かだが、頭は熱すぎる。すぐに飛びかかってくる」
彼はロミオの肩を軽く叩いた。
「お前、のんびり恋に浮かれてる場合じゃねえぞ」
ロミオはどこか遠い目をして微笑んだ。
「心配はいらない。……愛があれば、争いも消える」
その言葉に、マキューシオは目を見開き、大げさにため息をついた。
「聞いたかベンヴォーリオ! 剣よりも愛の力を信じる男がここにいる!」
ベンヴォーリオは眉をひそめた。
「冗談では済まない。ティボルトは本気だ。もしお前を見つければ、即座に剣を抜くだろう」
マキューシオが皮肉気に笑う。
「お前、ジュリエットの瞳に見惚れてる間に首を刎ねられるぞ」
ロミオは微笑を崩さず、ゆっくりと答えた。
「剣なら、僕も持っている。だが、今は血を流す時ではない。……ジュリエットが待っているのだから」
一見すれば、恋に酔った青年の言葉。
だがその胸の奥では、別の思いが渦巻いていた。
ロザラインの沈黙は命令だった。
ジュリエットを通じてキャピュレット家の中心に入り込み、母と甥ティボルトを排除する──そのための役目を、自分に課している。
ジュリエットを愛するという言葉は、ただの恋の囁きではない。
それは、敵の心を開かせるための鍵であり、キャピュレット家を崩すための刃でもあった。
マキューシオは彼をじっと見つめ、真顔で言った。
「……ロミオ。もし奴と剣を交える時が来たら、ためらうな。お前が迷えば、死ぬのは俺かもしれない」
その言葉には、友としての忠告と戦士としての覚悟が込められていた。
ロミオは短く頷いた。
「分かっている。……僕はもう迷わない」
その声は静かだったが、そこに宿る決意は冷たく鋭く、そして恐ろしく澄み切っていた。