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1 金の髪と無愛想な婚約者

「では、また来月」


 そう言うと、婚約者のカイル様はチラリと私の髪を見て立ち上がり、帰り支度を始めた。


「次の遠征もどうぞご無事で」


 いつも去り際に、カイル様は私の髪に目を向ける。私はそれがなんだか少しうれしくて、少し緊張する。


 今日のお茶会も、あまり話せなかった。


 元々私は引っ込み思案で、カイル様も寡黙な方だ。二年前に婚約が決まってから、月に一度はこうして会っていても、残念ながら会話が弾むとは言えなかった。


 でも。


 私は自分の金色の髪をそっとなでる。


 カイル様は、一度だけ私の髪を褒めてくれたことがある。



☆ ☆ ☆ ☆



 この国で、貴族女性の髪は品格の象徴とされている。

 長く美しく手入れされた髪は、その家の教養や誇り、魔力までもを映し、婚姻や縁談において何より重んじられる資産だ。母から娘へ受け継がれる“家の宝”であり、手入れの秘伝や結い方までもが代々伝わっている。


 そして、成人の儀を迎える二十歳の時、その女性の髪の長さと艶が正式に記録され、生涯を通じての評価となる。二十歳の時に、どれだけ美しい髪を持っているかが重要なのだ。

 だからこそ、十九歳になった私にとっては、まだ迎えていない成人の儀ごと、長い髪は何よりも大事で、将来そのものだった。


 幸いなことに、私は髪には恵まれていた。

 まっすぐ長く、細いけれど艶のある金色の髪。

 しばしば「金糸のようだ」と評され、陽の光を束ねたようだと言われたこともある。

 それが私の、唯一といっていい長所。逆に言えば、それ以外には、これといった取り柄はない。


 カイル様と初めてお会いしたのは、婚約が決まったあとの顔合わせの席だった。


 場所は王都、公爵家の迎賓館。磨き込まれた長いテーブルの上には季節の花が生けられ、窓からは整えられた庭園が望める。

 対面に座るのは、騎士の正装姿で精悍な顔立ちの青年――それがカイル様だった。


 騎士団副長、ラグランジュ男爵家の三男。数々の魔物討伐で名を上げ、今や国王陛下からの信頼も厚い。青い瞳は澄んでどこまでも冷静。整った顔立ちながら、戦場に立ち続けている威圧感。会釈ひとつも簡素なもので、初対面の私には近寄りがたく感じられた。


 対する私は、地方の小領地を治めるエヴェレット子爵家の長女。名門でも大商家でもないが、家柄の釣り合いは形式上は整っている。


 本来ならば、どちらかの屋敷で顔合わせを行うところ。でも、今回の縁談は国王の勧めによるものだった。幾度も武功を立てたカイル様に、穏やかで野心を持たない家柄の令嬢を伴わせることで、国は功績ある家の安定を図ろうとしたのだ。そのため中立の場として、王都の公爵家が所有する迎賓館が選ばれた。


 カイル様は無愛想で口数は少ないものの、言うべき事はハッキリと言い、正義感もあり、とても強くて大勢からの憧れの対象だった。本当に私なんかでいいのかと、気後れしてあまり話せないのは、今も変わらない。


 ぎこちない初めての挨拶と形式的なやりとりの後、カイル様の視線がふと私の髪に落ちた。

 その青い瞳がしばしそこに留まり――ぽつりと、一言。


「きれいな髪だ」


 独り言のような、低く落ち着いた声に、思わず息を呑む。

 無表情に見えて、その青い瞳は驚くほど澄んでいて、まっすぐにこちらを見ていた。

 緊張で言葉も出せず、私はただ小さく頷くことしかできなかった。


 あれから二年。

 婚約は続いているけれど、距離はほとんど縮まっていない。

 彼は騎士として、魔物討伐の最前線に立ち続け、私は社交界の片隅で目立たぬように日々を送っている。


 何にも取り柄はないけれど、この髪をカイル様が褒めてくださったのだから――そう思えば、少しだけ胸を張れた。


 だから、手入れは欠かさない。(くし)を通すたび、陽の光を受けて金色がさらりと流れ落ちる。

 それは、私が自分を支えるための、たったひとつの自信だった。


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