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超人には旅をさせよ  作者: 実直な凡きつね
第一章 はじまりのむら ロウグレア編
7/7

07 一日の終わりに

 ロウグレアは、広い森の中で巨人に踏みつけられた窪みのように凹んだ地形にある。

 人が住むには少し不便な場所なのではないかと思ったが、アレシアと村の人々との話に聞き耳を立てていると、むしろ逆であるという意見が多かった。


 規模としては普通の村と遜色なく、人口も四十人ほどで、決して多くはない。


 だが、森林の中心にあるため自然物の恩恵を十分に受けているために農作物も育ちがいい。


 ロウグレアの地形は「陽光だまり」といって、ここらの地域の風習では、凹んだ部分に日の光が溜まって農業には縁起のいい場所なのだという。


 それに、崖に囲まれている一見隔絶された場所のように感じるロウグレアは、低い場所にあるからかいくつかの湧き水に恵まれ、加えて崖の中には山からの水路が通っている。


 崖の中腹あたりから流れる滝のような水が、ロウグレアの村の中心にある湖に向かって数カ所から流れている。


 これらによりロウグレアの六割以上を占める畑に与える水と、人々の生活に必要な水の量は常に確保され、乾きに困ることはないらしい。


 魔人大火が起こって、師匠がこの村を救えたのはこの水路があったからだと分かった。


 師匠がもつ力は水を生み出したりする権能ではないから、多くの水源に恵まれたからこそ火を鎮められたのだろう。


 

 ロウグレアの村に住む人々は、みんな穏やかだった。

 穏やかであると同時に、賑やかであった。


 朝から村人たちから歓迎を受け、子供に遊具にされ、大人たちには果物や野菜を食べさせてもらったのち、俺はロウグレアの英雄である師匠の話を聞かせて欲しいと言われた。

 だが、普段の師匠の話なんてすれば、この村を救ったローエルという英雄像が崩れ去ってしまうだろう。

 あんまり詳細に話さないほうがいいよな……。

 そう判断した俺は、師匠が今別のどこかから救いをもとめる依頼を受けて旅に出ていることだけを話して、それ以外はいい感じに師匠との鍛錬の話をかいつまんで話し、印象を上げてなんとかその場を切り抜けた。


「師匠の面子を保つのも弟子の仕事か……」


 木陰に座り、子供達と遊ぶアレシアや村民達を眺めながら、ようやく一人の時間を手に入れた。


 子供達は活気に満ちている。若さの力というのは凄いもので、朝から昼まで声を出して飛び跳ねて遊んでいるようでも全然疲れているそぶりを見せない。

 それは大人たちも同様、老若男女みんな元気で、仲が良さそうだった。

 朝から村のみんなで集まって談笑したり、婦人会が開かれて趣味の場を設けたり、男達は畑で土いじりをしていたり。

 老人も元気で、かなり老いている腰の曲がったおじいさんでも元気にゲートボール的なスポーツをしていた。

 他の村がどうなのかは知らないが、ここは少なくとも寂れた村ではなく、皆が活き活きとした良い村だと思う。


 こんな村で引きこもっていたら確実に浮くだろうから、俺は絶対住めないけれど。

 

「旅の方、ローエル様のお弟子さんなんですよね!」


 その時、一人の子供が声をかけてきた。

 緑の髪を肩ほどまで伸ばした少女で、少し大人びた顔つきはしているが、身長や振る舞いをみるにまだ子供。

 アレシアより少し下(十二〜十三)くらいだろう。

 どこかエリシエルさんに似ているところがある。髪色といい、聡明そうな目つきといい。

 人口の少ない村だ、親戚か何かかもしれない。

 

「え、あ、まぁ……」

 

「あのお方は私がまだ物心着く前に、この村を救っていただいたと聞いてます。たった一人で大火を鎮めたとか。

 お弟子さんも、そういった力をお持ちなんですか?」

 

「……師匠みたいに、大火を鎮めるとか、噴火を止めるとか、天候を変えるとか、そういうことは俺にはできません」

「そ、そこまでできるんですかあのお方!?」

 

「うへぁっ(突然大きな声出され心臓が止まった音)

 えぇ、た、多分片手間で……」


 少女は目を丸くして驚き、その瞳はやがてキラキラと期待と羨望を宿した。

 よりいっそう興味を示したように俺に一歩近づいて、木のもとで座る俺と目線を合わせるように屈む。

 

「ローエル様のお話、もっと聞かせていただきたいです!

 きっと兄が喜ぶので!」

 

「兄?」

 

「あ、申し遅れました。私はシエナ__エリシエルの妹です!」


「あぁ、道理で」


 やはり血の繋がった人だった。

 エリシエルさんが見た目から二十代半ばと考えると、少し歳の離れた兄妹のようだ。


「これどうぞ!ロウグレアの名物、新緑の実です!」


 シエナが渡してきたのは、とても綺麗な緑色をした、青リンゴのような果物だった。

 みずみずしい見た目、真ん中の窪み、そこから伸びる柔らかい枝葉。

 リンゴじゃね……?と思いながらそれを受け取ると、新緑の実は異様に軽かった。感覚的にだが、中が空洞になっているのではないかと思うほどに軽い。


 興味に引き寄せられるように口を近づけ、それに齧り付く。すると、やはりリンゴのような……というかリンゴそのものの味が舌に返ってきた。


 リンゴじゃん……と思い噛んだ実を見てみると、中に透き通るようなオレンジ色の球体があった。


 果肉のように見えるが、それがなんなのかわからない。少なくとも俺の知らない果物だ。


 俺が世間を知らないから、見たことがないだけかもしれない。

 

 このオレンジの果肉を凝縮したものを青リンゴの中に詰め込んでみました!って感じの果物も、世間一般では常識的な果物なのかもしれない。

 

「にひひ、驚きました? 実はそれロウグレアの名物でもなんでもないんです!

 私が作った、オレンジの果肉を凝縮したものを青リンゴの中に詰め込んだものなんです!」

 

「オレンジの果肉を凝縮したものを青リンゴの中に詰め込んだものだったのか……」


「兄がやっていた()()()を見よう見まねで、青リンゴとオレンジを対価に作った創作フルーツです!

 お味のほどはどうでしたか?」


「錬金術……」


 錬金術って、等価交換の術だったよな。エリシエルさんはそれを学んでいるのか?

 学校では、非常に危険な禁忌の術と言われていたが……こんな森に囲まれた田舎で禁じられているはずもないか……。

 

 しかし、錬金術って信じられないほど複雑な錬成陣が必要だった気がする。


 目的に対応して陣の形も変わるし、魔法陣のように一度描いたら使い回しできるわけでもない。

 それに、非人道的な実験や、倫理的に問題のある目的のために使われる可能性がある……だからこそ容易な術の行使ができないように陣が複雑化されていると本で読んだことがある。

 

「シエナが、一人で錬金を?」


「はい! いつも遅くまで研究している兄の誕生日に、何かプレゼントを贈りたくて、練習してるんです」


 ううん、これは何か言った方がいいのだろうか。

 錬金術は危険なものだからやめろ、とか。

 もし誤って自分を供物に錬金してしまったら大変だ、とか。

 いや、村の外から来た部外者に文句をつけられたら不快だろうなぁ……。


 

「いつかもっと錬金術上手くなって、世界にたった一つだけのものをプレゼントしたいんです!

 兄さん、喜んでくれるかなぁ」



 __い、言いずれぇ!

 シエナはまるで真昼の木漏れ日の中に星空を見出したように天を仰ぎ、仲のよい兄に向けて贈るプレゼントを良いものにしようという、確かな決意を感じさせる眼差しをしていた。


 その仕草だけで、シエルがどれほどエリシエルさんを慕っているのかはおおよそ察せられる。


 こんな健気な少女に、「ストップ、錬金術」なんて誰が言えるのだろう。


 少なくとも俺は言えない。

 

 言う度胸がない。


 俺が言わなくても、きっと他の誰かが注意くらいするだろう。

 シエナだって、危険なことくらい知っているかもしれない。


 そうだ、俺が言わなくても____


 って、思ってしまう自分を変えたくて。

 俺は街から出て、ここにいるんだろう。

 

「えっ__?!」


 俺は俺の頬を一発平手打ちした。

 威力の加減を考えなかったので、口の内側が出血し、頬がパンパンに腫れ、勢い余ったように鼻からも血が出た。

 痛い。けど、目が醒める。


「えっ、ノーティルさまっ、えっ、血がでて、えええ?!」


「シエナ__」


 立ち上がって、シエナの目をまっすぐみる。動揺している少女に面と向かって、アドレナリンが出ているおかげで冷静さを欠くことに成功した俺は、思いの外はっきりと喋ることができた。


「れ、錬金術は危ないから、気をつけて!」


「えっ……は、はい。わかり、ました__?」


「じゃあ、果物ありがとう!」


 そうして俺は、満足して木の下を離れた。

 アレシアと子供達のところに向かうと、顔面血まみれの俺を見たみんなが絶叫し、アレシアから水魔術を浴びせられた。

 滝を出現させる魔術に、俺は潰されるように地に伏して、冷たい水の応酬に頭が冷えた。


 伝えたいことは、言えた……かな?


 ロウグレアの昼は、そんなことを考えている間に終わっていた。


 ◇

 

 夜、俺たちはロエムさんの村長邸に招待されて、二度目のご馳走をいただいてしまった。

 奥さんのフエバさんが作ってくれる夕食はとても豪華で、村の野菜をふんだんに使った皿が多いため食卓は鮮やかに彩られていた。

 

「どうです、うちの村は」


 ロエムさんのしわの寄った朗らかな笑みに、アレシアは蕩けた顔で嬉しそうな様子で話す。


「皆さんとても明るくて、何より優しくて、食べ物もお腹いっぱいいただいてしまいました!」

「それはよかった。ロウグレアはこの辺鄙な場所に成り立っていることも理由の一つかもしれませんが、村の皆の仲の良さだけはどこよりも深いんです。

 魔人大火という事件に見舞われ、迫り来る滅亡に飲み込まれる寸前にローエル様が救ってくださったこの村は、かつてよりも強く団結するようになりました」


「……」


 ロエムさんは、湯飲みの中で揺れる粗茶を見ながら、耽るように語る。

 魔人大火では、村民の一人から始まり、伝染するように村民の数人も魔人へと変貌してしまったという。

 人数の問題ではないが、場所が狭く人が少ないからこそ、家族のように関わってきた人々を失うというのは、都会で見ず知らずの他人の訃報を聞くよりもずっとずっと、深い傷になるのだろう。


「悲惨な出来事でしたが、悪いことだけではありませんでした。

 もし誰かが困っていれば手を差し伸べる。誰かが辛い思いをしていたら話を聞く。誰かにいいことがあったら、皆でよろこぶ。皆がそれぞれ、二度とあんなことが起きないように、自然とそういう村になっていきました。

 どうかこの先も、そんな明るい村であり続けて欲しいと願うばかりです」


「あなた、お二人はお客様なんだから、暗い空気にしちゃいけませんよ」


「……あぁそうだな、ハハ。村の長が暗くてどうするんだって話ですな!」


 フエバさんに窘められたロエムさんは笑いながら、無理矢理空気を持ち上げるように豪快に茶を呷った。

 俺とアレシアはその姿になんとも言えない、申し訳ない感情が湧き出してしまった。


「そ、そんなことないですよ!」


「み、皆さん同じ気持ちだと思います」


「あはは、嬉しいことを言ってくださいますな」


 くしゃっと笑うロエムさんに、ホッとするよう俺とアレシアも肩の強張りが解け、そこからは他愛もない話題が続いた。

 

「__して、ノーティル様。ローエル様と、いつから師弟のご関係になったのでしょう」


「え、えぇっと。十二年ほど前から、ですかね」


「十二年……長いですね。ローエル様は、どうして私たちにあなたのことを話してくださらなかったのでしょう……」 


「ひ、一言も?」


「えぇ、ローエル様とは長い付き合いをさせていただいてますが、ほんの一度も」


 ……。

 俺はもともと、弟子になるつもりで師匠の元に訪れたわけではない。

 道端に落ちていた意識のない俺を、師匠が偶然拾ってくれただけ。

 五歳以前の記憶がなく、物心はあるものの、日常生活におけるあらゆる知識が抜け落ちていたため、しばらく師匠が面倒をみてくれていた。

 もし俺に【権能】がなければ、師匠は俺を孤児院に預け里親を探すつもりだったという。


 俺がちゃんと弟子という扱いになったのは、『あれ』から。

 自分の権能をちゃんとコントロールできずに人を傷つけてしまってから、俺は外の世界と関わることをやめ、その代わりに師匠に権能の使い方を習った。


 師匠が俺を弟子として紹介しなかった理由は、俺も予想はつかないけれど。


 __引きこもりで、自分の世界に閉じこもる情けない弟子を持っていると言うのが嫌だった。


 ……のかも、しれない。


「ノーティル?」


「……あぇ、な、なに?」


「いきなり黙って、どうしたんです?」


 あ、あれ?今俺黙ってた?

 やばい、思いっきり自分の世界に入ってた。

 自責思考になるとすぐこうなってしまう。周りの声が聞こえなくなって、気づいたら一人で思考を走らせて。

 こういうのも、直さないと……。


「まぁノーティル様は、ローエル様の愛しい()()()()というわけですな!」


「え?」


 ロエムさんが、豪快にそう言い切った。

 一瞬意味がわからなくて、俺は硬直してしまう。


「私は昔先生をしていたんですが、必死こいて努力している生徒はだんだん愛おしくなっていくもんで、

 他の生徒の前でこの子はいい生徒だ!なんてひけらかして周りを躍起にさせるよりも、

 その子が正しく成功できるように、じっくり成長するところを見てやりたくなったりするんです」


 秘蔵っ子……師匠は俺のことをそんなふうに思っているのか……?

 ……うん、想像できない。

 

 でも。


 そう考えているほうが、ずっと気が楽だ。


「はは……そう思ってもらえるように、頑張ります」

 

 ◇


 村長邸での夕食を終え、宿にもどって眠りにつくことにした。

 日記にささやかだが今日の出来事を書いて、ベッドに座る。

 アレシアと立てた予定では、明日が終われば、この村を離れる予定だ。

 師匠にはロウグレアで何をしろと明確に指定されたわけではなく、とくに変な様子も見当たらない。

 健全で賑やかな村だと確認できただけでも、十分なはずだ。


 ただすこし、ロエムさんの元気がないように感じたのは、気のせいだったのだろうか。


 __どうかこの先も、そんな明るい村であり続けて欲しいと願うばかりです。


 ロエムさんの言葉を思い返しながら、厚く柔らかいベッドに体を預けた。


「__考えすぎか」


 今日はいろんな人に声をかけられたからだろうか、かなり疲れた。

 目を瞑れば、すぐに深い眠りに落ちていきそうだ。


 目を、瞑れば__


「あ」


 瞼を閉じかけた時、大事なことを思い出し、跳ねるように飛び起きる。


「な、『慣らし』、やってない__!」


 権能を持つ人間が、力を錆びさせないように定期的にやらなければいけない「慣らし」という作業がある。

 しばらく使っていない蛇口が詰まってしまうように、権能も日々使わなければ徐々に勘が鈍っていく。

 それは俺が一番恐れる、権能の制御不能という事態に直結するのだ。

 自分で行う定期検診のようなもの、という認識だと師匠に教わった。


 どこかでやっておかないと……。


 そうして俺は深夜、一人ロウグレアのひらけた空間を探して歩き回った。

 権能をつかっても騒音にならず、人に迷惑が掛からなそうな場所が必要だ。


 昼とは違い、月の明かりが溜まり、虫の鳴き声だけが綺麗に響くロウグレアを歩いていると、大きな岩を見つけた。

 岩、というか、石碑だ。大人二人分の大きさの、延べ棒のような形をした石碑。

 綺麗に磨かれた石に、文字が刻んである。

 暗くてよく見えないけれど、石碑の足元に置かれている花やお供物を見て、すぐにわかった。


「これ、もしかして」

 

 これは、魔人大火で亡くなった人々の慰霊碑だ。


「おや、こんな時間に、散歩ですか?」


 なぜか、背中に悪寒と冷や汗が走った。

 振り向くと、そこにいたのは、こんな時間にもかかわらず、他所行きの服を着たエリシエルさんだった。

水を汲んだ桶と花を持って立っている。

 

「あ、え、エリシエルさん__」



 神経が、逆立っている。



 夜風が、まつ毛を揺らすのでさえ、やかましく感じるほどに。


 指先がピリピリして、目の下の筋肉がぴくりと動く。自分でもわかるほどに動揺している。


 これは『危惧』と同じ反応だ。

 経験上、かなり微弱なレベルだが、権能が警鐘を鳴らしている。


 なぜ、こんなにもこの人が怖く感じるのだろうか。

 なぜ、危惧がこの人を警戒しているのだろうか。


 全くわからないけれど。

 

「せっかくですし、少し話でもしましょうか。ローエル様のお弟子さん」



 エリシエルさんからは、焦げたような鼻をつく嫌な匂いがした。

おっそくなりました〜!!第七話、読んでくださりありがとうございます!!





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