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超人には旅をさせよ  作者: 実直な凡きつね
序章 旅の黎明
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04 旅の始まり

 十二年世話になった自室を掃除した。

 

 旅の出発は明日ということで、かなりの急な支度を進めている途中、小さい頃読んだ本を思い出してそのまま本棚の隅から取り出し、懐かしさに耽るあまりそのシリーズを全巻読破してしまったのがことの発端。

 そしてそのまま何を思ったか本棚の掃除を始めると、収拾がつかなくなり、自室全体の掃除を完了させてしまったというわけである。


 長いこと過ごした自分の部屋だ。旅立ちの前に一度綺麗にすることができてよかったのかもしれない。


 開け切った窓から入る夜風に当たりながら、埃一つなくなった部屋を満足げに見渡していると、机の上にある一冊の本が目に入った。

 それは俺が半分だけ書き切った本。

 

 小さな頃から冒険譚や英雄譚など、王道な展開が描かれる物語を好んで読み、いつしか自分の手で物語を描くことにハマって幼いながらに色んな話を書いていた。

 今思えばそれらは稚拙な文章が連ねてあって、セリフ回しもみんな幼稚で、とても人様にお見せできないものではあるが。

 同時にそのどれもが、孤独な俺が何かに自己投影をして、身を守るための大切な世界だった。


 __この一冊も直近の俺の悩みが丸わかりな物語で、半分書き切ったところで詰まってしまったものだ。

 詰まった理由は、至極単純。

 思いつかない。


 情景。人物同士の会話。熱い友情。恋慕。

 それらの造詣に深くない俺は、いつもそこで筆が止まり、執筆を進めあぐねていた。

 

 外を知らず、友人を持たず、思い出はトラウマと同義である俺の人生は作家として決して資本になり得ない無価値なものなのだ。自分で言っていて吐き気がするくらい哀しいが、それでも否定はできない。


「……旅を始めたら、変わるのかもしれない」


 俺は今、あまり認めたくないけれど確かに期待している。

 鳥が運んできたような偶然の「始まり」に、心底ワクワクしている。

 なぜなら、これから始まることのほとんどが俺にとっては初めてのことなのだから。


 俺は机に置かれていた本を机の引き出しにしまい、別のまっさらな本を取り出した。

 師匠に昔買ってもらった万年筆で「旅の記録」と、本の表紙に銘打った。


「タイトル、ありきたりすぎるかな」


 浮かれている自分を笑い、その本を旅の鞄へと詰め込んだ。

 気づけばもう窓の外に朝焼けがやってきており、幕開けのように暗い空が引いていた。


 俺は今一度、狭い自室を歩き回り、ベッドや壁、机の触り心地を確かめるように撫でてから、部屋の外へ一歩出た。


「また三年後」


 愛すべき自分の世界に別れを告げ、師匠とアレシアの待つ町の外門に向かった。



 ◆



 町の外門で、アレシアと師匠はすでに待っていた。

 アレシアはわかるが、なぜか師匠までもが旅装を整えていたのが不思議で尋ねてみる。


「あれ、なんで師匠までそんな荷物を?」

「野暮用があってな私もしばらく家を空ける。安心しろ、お前がここに戻ってくるまでには帰って、ちゃんと出迎えてやるから」

「そっか。気をつけて」

「ん? ああ」


 師匠がわざわざ自分から出向くような用、それは、俺よりもずっと強い人が必要になる事態ってことだ。

 竜退治?

 戦争の終結?

 それとも、地殻変動を止めたりするのかもしれない。

 聞いても教えてくれないことは「野暮用」と誤魔化されて察した。とりあえず無事を祈っておこう。


「あの、ノーティル様」

「はい?」


 なんだかアレシアがソワソワしながら前に出てきた。困り眉で、申し訳なさそうな表情をしている。


「本当に突然お願いしてごめんなさい……

 私が言うのもアレだと思うんですが、こんなにあっさり引き受けてもらってよかったんですか……?

 見ず知らずの人間と旅をするなんて……」

 

「え、えっと……アレシア……さん」


「? 年下ですし、呼び捨てで大丈夫ですよ?」


 なんで敬語なんだ?とでも言わんばかりに頭を傾けるアレシアの気遣いに、思わず動揺する。

 

「え……ア、アレシア。

 俺が行くのは師匠に課された修行だからって部分もあるし、なにより……外に出て自分に自信がほしいって思ったからだ。

 そう思えたのも、君がきっかけをくれたおかげだ。

 だから、そんなに気負わないでほしい……」」


「ノーティル様……」


 よし、大事なことを噛まずに言えた……!

 すると、師匠が俺の頭を掴みながら、突然アレシアに頭を下げた。俺の頭も一緒に下げさせられる。


「ノーティルは友達もおらず社会と碌に交わってこなかったゆえ、色々と……とくに他人とのコミュニケーションにおいて迷惑をかけるだろう。どうか面倒を見てやってくれ」

 

「は、はい!」

 

 アレシアの快い答えに、心なしかホッとしたような顔をした師匠は、続けて言った。


「不肖の弟子ではあるが、アレシアの安全については私が『全面的』に保証しよう。

 ノーティルは、【超人】の権能を有し、大抵の危機的状況には対処できる能力がいくつかある。

 逆に言えばそれ以外の事柄は何もできず、君に負担をかけることにはなりそうだが」

 

「一言余計だよ師匠……」


 師匠の俺に対してのみ棘が伸びる説明に、アレシアはぽかんとした顔で話の折を伺っていた。

 やっぱりキャンセルで、とか言われないよな?


「あ、あの、ノーティル様がものすごく強いということで、勢いだけでお誘いしてしまったので知識不足で申し訳ないのですが……【権能】というものは一体……」


「あぁ、普通の学校で権能について習うはずもないからな、知らなくて当然か__」


 権能。

 それは、それを持たない者に理を説明するには非常に困難なものだ。

 存在を知らない人が大多数であり、知っているとしても、その理解は宗派的に分かれ、酷く曖昧なものであることが多い。

 

 過去に、師匠に教えを説いた『大先生』はこう言った。

 

 それは、人の域を踏み越えた力であり。

 それは、ある人にとっては、冒涜であり。

 それは、ある人にとっては、贈り物であり。

 それは、ある人にとっては、呪いでもある。


 それは、神が自分と同じ存在を作るために分け与えた力であるという。


「ふふ、ぼんやりした話だろう。まぁつまるところ、【権能】のルーツは神にあるというわけだ。

 だからこそ、先天的に持つ者は一人としていない。

 人間という器にはあまりに見合わない力で、望む望まないに関わらず突如として発現する。ノーティルも、幼い頃に権能を制御できずにしばらく苦しんだ。引きこもり始めたのもそれが原因だ」


「え……」


「権能は、『人という生き物が持つべきではない力だ』というのが私が先生昔にから学んだ言葉だ。

 並外れた力を持った人間は、抑圧から解放され、他者の価値が希薄になる者も多い。だから私や、ノーティルのように権能を与えられた者は、救いを求める人間の助けになるべきだという意志を、私の先生やその師が、代々受け継いできた。

 ま、ノーティルがそれを継いでくれるかは__まだわからんけどな」


 ニヤニヤと口の端を歪めながらこちらを見つめてきた師匠から咄嗟に視線を逸らす。

 この手の話はあまり得意じゃないのだ。

 俺が持つ権能が他人を「助ける」ことと、他人を「傷つけてしまう」ことはいつも表裏一体の関係で俺はそれにずっと怯えている。

 だから、あまり自分を「人を助けられる人間だと」過信したくないのだ。


「あのっ、大丈夫じゃないでしょうか!」


 ふと、アレシアが声を張った。

 

「ノーティル様は、どこからともなくやってきて、見ず知らずの私を助けてくれました。

 見返りも求めず、名前も明かさず……ただ、私を助けてくれたんです。

 そんなこと、普通の人はできません。声をあげるひとでさえもごく一部です。

 なので、ノーティル様はちゃんとローエル師匠の意志を継いでいると思います!」


「……ふふ、そうか。

 ノーティルは、君に見つけてもらって幸運だったな」


 突然のアレシアの褒め言葉に嬉しさと恥ずかしさが込み上げて、師匠の顔をうかがう余裕はなかったが、少しだけ嬉しそうに喜色めいた師匠の声が耳に入った。

 そのまま師匠は俺とアレシアに背を向けて、街門に歩き一歩だけ外に出てから振り帰った。


「そろそろ時間だ」


「……そっか」


 朝日すでにのぼり、地平線を照らす時間。

 一秒、一分でもなんとか引き伸びないかと心のどこかで祈っていたその時間がきた。

 いやいや、今更別れを惜しむのも子供っぽいだろう。師匠に笑われてしまう。

 悲しそうな顔はしない。絶対にしない__


「ノーティル……この旅でのお前の成長を、楽しみにしているぞ」


「__うん」


 師匠の期待は、不思議と重くはなかった。

 旅のお土産を心待ちにするような柔らかい声で、師匠はそう言って、荷物のカバンを背にかけて歩き出す。

 かと思いきや、一歩目で止まった。

 

「あ__旅立ちの前に、二人に一つ頼み事があるんだが、いいか?」


「頼み事?」


「ロウグレアという小さな村に寄って、様子を見てきてほしい。旧い友人がいる村でな、しばらく寄れていないから気がかりだったんだ。ベルベディアの旅路の通り道でここからそう遠くない場所だ、頼めるか?」


「わかりました!任せてください!」


 俺より先にアレシアが威勢よく返事をした。確かにこの旅の主はアレシアだからな。

 彼女の判断に委ねるのが正しい。


「ありがとう。

 __じゃあ二人とも、息災であってくれ」


 そう言って遠く小さくなっていく師匠の背を見送り、俺たちは別の行き先に続く街道に目をやる。


「私たちも行きましょうか、ノーティル様」


「う、うん。行こう__」


 ベルベディアに向かう旅。

 外の世界を知り、まだ知らない自分に出会う旅。

 二つの目的が交わる旅が、薄い月が残る黎明に見守られる中、静かに始まった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


面白い、今後が気になると思っていただけた感想や評価、ブックマーク登録をしていただけると幸いです!

これから長い旅路になりますが、何卒よろしくお願いいたします!

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