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超人には旅をさせよ  作者: 実直な凡きつね
序章 旅の黎明
3/5

03 故郷に至る旅

「……おかえり師匠」


 師匠が玄関のドアを蹴破って帰宅した。

 ド派手な登場である。

 

「なんで扉押さえてたんだ? 鍵がかかってると思って蹴破ってしまったじゃないか」


「鍵くらい出かける時は持っていってよ」


「はいはい__というか、あの客人はお前に用があるらしいが……」


 気づけば、開いた扉の向こうから顎をあんぐりと落とし、目を白黒させている少女がいた。

 扉越しに拒絶したかったのは、相手の顔や、声色が他人事のように聞こえて、罪悪感が少し薄れると心のどこかで思っていたからだ。その自分を守る盾すらも、否応なしに蹴破られてしまった。


 まさかの己の師にそれをされるとは思わなかったけれど。


「外で立っていないで、せっかくなら中に入るといい。ノーティル、茶を出せ」


「し、師匠__」


「で、ではお言葉に甘えて」


「……」


 少女はそのまま家に上がり、師匠と共に卓に着いた。

 俺は粗茶を入れ、二人の前に出して脇に下がる。

 ……いや、何この状況。


 さっき俺が断ったのはなかったことになっているのか?

 それとも聞こえてなかったのだろうか?


 というか、俺に用があるのになんで師匠が彼女の前に座ってるんだろう。 


「……」


 少女も気まずそうだ。


「私はここの家主でノーティルの師のローエルだ。

 で、うちの弟子にどんな用だ?」

 

「あ、えっと、申し遅れました!

 私はアレシアと申します!

 先ほど町でオークに襲われていたところ、そちらのノーティル様に助けていただき……謝礼と、お願いがあって伺いました」

 

「ほう__?」

 

 アレシアと名乗る少女は、師匠に先ほど言っていた故郷に帰るために強い旅の仲間が必要だという話をそのまま繰り返した。

 話を聞く師匠は数回頷き、アレシアが話し終えたあと、さらに一度頷いた。

 そして__


「なるほど……わかった。

 連れて行くといい」


 師匠は二つ返事でそう言った。

 場が一瞬の沈黙に包まれ、アレシアと俺は同じ時間をかけてその言葉を咀嚼し、同時に口を開いた。


「本当ですか!」


 一方は歓喜を。


「何言ってんだよ?!」


 一方は困惑を叫んだ。 

 勝手に俺の今後の予定を決められても困るに決まっている。

 俺はこの家で一生引きこもり、本を書いて暮らす。

 旅なんて俺には向かない、周りのためにも行かない__さっき、そう決めたのだ。

 

 師匠は落ち着いた表情を崩さないまま話し続けた。


「ノーティルは高等学校を早く出てから、家に引きこもってばかりでな。

 鍛錬か買い出しにでも行かせないと外に出ようともしない。

 加えて重度の対人恐怖症で、まともに目を見て話せもしない。おかげで友達もおらず、このままじゃ将来が心配でならない……」


 どうしてこう印象の悪くなることを客人の前でペラペラと言うのだろうかこの師匠は。


「へ、へぇ……そうなんですね」


 アレシアもちょっと引いてる様子だ。

 今彼女の中で俺の評価が二段階ほど格落ちしたことだろう。

 あ、誘う相手間違ったかな。とか思っているかもしれない。

 もう部屋に帰って毛布の中に一生隠れていたいくらいだ。


「強大な力を授かり、世のためになる善性を私に育て上げられたというのに、それを小さな部屋の中で費やすのは勿体無いと、私は思うのだがな」


 ちら、と師匠がこちらを鋭い視線で突く。

 今師匠が口にした文句は、日頃から常に言われていることだ。

 この【権能】と他人を守りたいという想いを持ち合わせながら、何故お前は人を拒むのか。と。

 口癖のように外へ出ることを促す師匠をなんとか避けながら、俺は学校を除く十年近い月日を引きこもることに注力して過ごした。

 まぁ学校でも友達は作らなかったし、授業が終われば即帰宅……挙句には教室内での孤独感に耐えきれず早く卒業したくて飛び級のテストを受けて二年早く学校を出たし、差し引いても大差はないが……。


「……私は、ノーティル様が嫌だと言った上で無理やり来てもらうつもりはありません」


「え」


「私が故郷に帰りたいというのは、個人の勝手な目的で、人様を巻き込むべきでないことはわかっています。

 旅には長い時間がかかりますし、無事に帰ってこられる保証もありません。

 なので、断られたら、素直に引き下がるつもりです」


「……」


 アレシアは、俺たちに気を遣わせないためか、不自然な笑顔でそう言い切った。

 その様子を前に俺と師匠は、一瞬押し黙る。

 彼女は断れば帰る。

 だが、困っている人間をただ追い出すというのも忍びない。それは師匠も同じなはずだ。

 俺にはこの町以外に故郷というものがないし、実の親のことなど考えたことはなかったが。

 きっと、「故郷は別にあって、実の親はそこにいる。」と伝えられたら気になって仕方なくなるのもわかる気がする。

 師匠との生活は楽しいし、俺の唯一と言っていいほどに信頼をおける家族だ。

 だからその故郷に「住みたい」とは思わないだろうけれど、それでも「行ってみたい」とは思うだろう。


 そんなことを考えていたら、師匠がギロリとこちらに一層強い睨みをきかせていることに気づいた。

 何か言われるのかと思うと、師匠はそのままアレシアに向き直り一つ質問をした。

 

「アレシアの故郷は、厳密には何処だ?」


「……ベルベティアという、北側諸国の中で唯一魔族や長耳族、竜族と古くから共存している国の中にある、小さな村だと伝えられました。私は、竜族と人間の混血なんだそうです」


「混血……」

 

 近頃、種族差別というのは完全な撤廃に近づいている傾向にある。

 何処にでも、どんな種族でも生きていける世界が、長い長い歴史の中でようやく成り立ちつつある現代で育った俺は、彼女が混血であることに違和感は特に覚えなかったが、アレシアに混血の外見的特徴があまりにないことに驚いていた。

 一見すると……いや、凝視しても人族の女性にしか見えない。


「ベルベディア……魔境の国とか言われていたな」


「魔境?」


 師匠の言葉に首を傾げると、向かいでアレシアが目を伏せて頷いていた。


「ベルベディアは、中央大陸において最北端の位置にあり、海を挟んだ先には竜族や魔族が住む大陸が近い。

 そういった位置関係から、ベルベディアに現れる魔物は極めて協力で、災害級と指定されているものだってウジャウジャいる」


「災害級……」


「……古代から多くの人族が開拓できなかった土地に、偶然国が興ったのち、海の外からやってきた多種族と血が混じった。

 そしてその影響があったのか、時を重ねるごとに周囲の魔物の力も増して、ベルベティアに至る陸・海・空全ての通り道は魔境と化したそうです。

 それが只者は決して近寄ることのできない、魔境の国__私の、生まれた故郷だそうです」


 そういうことか……だからアレシアは、強い人を探さなくては帰れない。

 魔物は、自然から生まれ繁殖するか、大気中の魔力だまりから生まれる。

 その魔力だまりは、環境や人口に大きく左右されると聞いたことがある。

 人が多ければ多いほど大気中に滞る膿となり、蓄積する魔力だまりも大きく又は多くなる。

 種族によってもその影響もまた変容していくのだとか。


 竜族が密集する大陸では竜の魔物が増え、魔族の住む場所では魔物が異常なサイズで出現したり、魔術を放ったりするものも多く生まれるという。


 その法則性に基けば、ベルベディアが魔境と化した原因は容易に想像できる。

 多種族が混じり、長くその場に止まったことで強い魔物が生まれすぎたのだ。


 ともなれば、やはり一人で旅に臨むべきところではない。


 誰か、強い仲間がいる。


「ノーティル」


 師匠が呟くように俺を呼んだ。


「私から一つの命令を下す。

 __お前は明日より三年、この家に帰ることを禁ずる」


 師匠は椅子に背を預けながら、まるで雑用を命じるような声色でそれを言った。

 あまりに軽く言われたものだから、一瞬言葉を聞き違えたのだと自分の間抜けさに笑いかけた。

 だが、固まった場の空気と、師匠の目、アレシアの愕然とした表情__全てが現実であると告げていた。


「は……?」


 言葉が出てこなかった。 

 どうして?

 何かの修行?

 俺なんかした?!

 そんな疑問すらも喉に引っかかって、体がガチガチに固まっているだけに留まった。

 

 これってあれか?

 家族という関係性の上で稀に発生するという「勘当」という離別イベントが、今師匠と俺の間で起きているのか?


「お前を拾ってから長年鍛錬していたが、結局お前が家に引きこもり本を書いていたいというのなら、もう私の教えは必要ない」

「いや、でも……ししょ__」

「これが私からお前に与える最後の修行だと思え」

「さ、最後っ?!」


 師匠と一緒にいた時間は、十二年。

 その間、俺は自分の持つ【超人】の権能の使い方を師匠から学んでいた。

 長い長い修行。

 日課になった基礎鍛錬は、権能の器が頑強でなければ、迂闊な行動で他人を傷つけると教えられたから続けた。

 もう二度とあんなことを起こさないように、必死でやった。

 償いには程遠い。でも、頑張ってやってきた。

 月に何度かある師匠との手合いも、ようやく互角に近いものになってきた。最初は赤子の手を捻るが如く芝に転がされるのが恒例だったが、ようやく、ようやくなのだ。


 この先も、俺は師匠と他愛もない鍛錬と生活を送るものだと思っていた。


 だというのに、突然「最後」と言われて……俺はなんて答えればいいんだ。

 嫌だと、駄々をこねてみようかとも思ったが、来客の前だし俺はもう十七になる。

 そんなことをすればそれこそ破門だ。


 俺は、ただ立ち尽くすことしかできなかった。


「以前より考えていたんだ、頃合いを見て言おうと思っていたが__

 丁度、可愛らしい少女がきっかけを運んできてくれたものだからな。

 今ここで言う」


 師匠はアレシアに口の端で笑いかけながら、椅子から立ち上がり、俺の目の前に立った。

 いつしか追い抜いてしまった師匠の背、師匠は俺の胸の真ん中に指を突き立てながら、睨み上げるように目だけを動かして告げた。

 

「ノーティル、外の世界を知って来い。

 お前の本を書くと言う夢を否定したいわけではない。

 ただお前の中で巣食うトラウマ、引きこもり癖、対人恐怖症__その全てを消し去ってからまた本を書けと言っている。

 

 お前は、私の家の小さな部屋で一生を終えるには勿体無い。

 師匠に、弟子の巣立つ姿を一度も見せずに死ぬつもりか?」


 口の片端を吊り上げていたずらにこちらをのぞきこむ師匠は、俺の__俺にとって都合のいい夢の弱点を突くように言った。


 本当は、申し訳ないと思っていた。

 散々修行をつけてもらって。生きる場所を与えてもらって。

 恩返ししたいと思って学校も出たし、厳しい鍛錬も耐え抜けた。

 けれど、結局俺の掲げる理想は、師匠にとっての穀潰しに留まっていた。


 どれだけ感謝してもしきれない。

 何もない俺が、唯一この世に居られる理由を作ってくれた家族。

 それが師匠だ。


 そんな師匠に、俺はまだ何もしてない。何もできていない。

 

 そんな自分が、死ぬほど嫌いだ。


「……し、師匠、俺__」


(俺がつけた傷口から血が滴り、周囲は俺を友人ではなく憎悪の対象として見る)

 

『君じゃだめだ』


(誰かがそう言う。誰かに言われた記憶はない、それでも頭の中でけたたましく告げるその言葉に、喉を締め付けられ、手足は虚脱し、前に進む意思は吸い取られるように抜けていく)


「っ……ぅ」

 

「ノーティル。

 経験則で言うが、旅は人を必ず変える。

 変化の仕方は多岐に渡るが、お前みたいな生涯ドンゾコみたいな面してるやつは、

 本人の意思関係なく、信じられんほど大きく変わるだろうな。

 変わりたいだろう、お前も__」


 __変わりたい。

 人としっかり目を見て話してみたい。

 町の外にも出てみたい。数々の英雄譚や冒険譚の舞台になった場所を見てみたい。

 師匠に、胸を張って感謝を伝えられる人間になりたい。

 

 こんな無様な社会不適合でコミュ障で引きこもりな俺じゃ、それは絶対に叶わない。


 息を、目一杯吸って。

 俺は生まれて始めてこの言葉を言う。


「……か、かっ……変わりたい……俺も、外で上手に生きられるようになりたい」


 そう言うと、師匠は一瞬驚いたように目を見開いて、すぐに顔を伏せた。

 この言葉を待っていたのかと思って勇気を振り絞ったのだが……どうして驚かれるのか。

 すると、伏せた師匠の顔からぽつりと、一粒の雫が溢れているのが見え、それは床に音もなく落ちた。


 ……そりゃ、ずっと心配させてたよな。

 唯一の弟子が出不精で、十七歳で「生涯引きこもり宣言」してたら。


「……いかん、歳だな」

「今までごめん……や、やれるだけやってみる」


「そのごもり癖も、なんとかしなさい」

「うん、努力するよ」


「旅先では、あまり横柄にするな……まあ、心配はしてないが」

「うん、大丈夫」


「カツアゲにあっても、怖気づくなよ。金は旅の土台だからな」

「う、うん……がんばる」


「……ふぅ」

「?」


「世界は広い。その瞬間に見えてる景色が、どんなに辛くても……それが全てじゃないと、覚えておくこと」

「わかった。覚えておくよ」


 しばらくの師匠と俺のやりとりを見ていたアレシアはなぜかハンカチを取り出して、卓の上で水溜りを作って泣いていた。

 彼女はこういうのに弱いらしい。俺より年下だというのに、涙腺が脆い子なんだろうか。


「ず、ずみま……せん……家族のアレに弱くて」

 

 家に戻れないのは三年の間、それが終われば帰ってくるのだから今生の別れではない。

 寂しくないと言えば嘘になるけれど。


 ◆


 かくして、俺はこれから旅をすることが決まった。

 主体とする目的は、アレシアを故郷であり魔境ベルベディアに送り届けること。

 

 そして、俺個人の目的は__外の世界を知って、自分自身が変わることだ。

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