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【04】魔法店と人探しのおまじない 上


 午後の心地よい時間帯。


 古びた路地裏にひっそりと佇む、謎めいた魔法店。その店の前に、私は立っていた。

 

 なんでも叶えてくれる不思議な店がある、という街の噂話もあるこのお店。

 

 でも、剥げた看板は字が読めないし、窓はほこりまみれ。蔦の這う外壁に、どう見ても人が来るような場所じゃなかった。

 場所はここであっている……はず。緊張に手を握ってから、どうにかドアノブを掴むと、ゆっくりと押し開けた。

 

 リンと、ベルが鳴った。

 店内にはカウンターが設けられ、その奥には店主だろう男性と、私より少し歳上……かな?

 女の子がいた。


「いらっしゃいませ」

 

 可愛いらしい声だったが、どこか平坦にも聞こえた。

 静けさに包まれた店内で、二人の視線がこちらに向いている。


 店主は先生に聞いていた通り、見た目は若そうだった。けど、年齢はと問われても分からない。ただただ、気怠げな雰囲気の混ざる、冷めたの視線が私の恐怖心を煽った。

 

 それに、隣にいた少女は見事な白銀の髪と赤い瞳をしていて……無表情だった。見た目からしてあの子は人じゃない。そんな気がした。

 

 歓迎されていない雰囲気も相まって、すでに泣きそうだった。店内に一歩進んだところで、私の足は完全に動かなくなった。

 ドクドクと煩い心臓。緊張にきゅっと肩が縮む。

 

 でも、女の子はそんな姿の私を見てか、ほんの少しだけ、頬が緩んだ……気がする。

 怖い。でも、先生を裏切ってまでここに来たんだ。目的は必ず果たさないと……!

 

「……あの、その……。えと……人を、探せますか?」

 

 驚くほどにか細い声だった。

 泣きださなかっただけ自分を褒めてあげたい。迷いを含んだその問いかけに、店主さんは数度まばたきをした後、にこりと笑ってくれた。

 けどそれは、どこか胡散臭かった。

 

「あー、うん。もちろんだよ」

 

 全く隠そうとしない「面倒くさい」が、笑顔と声音から滲んでいる。ここまで正直だと、一周回って尊敬できる気がしてくるのが不思議だ。

 なんて思ったら、肩の力が抜けていた。

 

 横掛けの鞄から財布を取り出す。

 中身を逆さにして手持ちのお金全て、硬貨数枚と皺のある紙幣一枚をカウンターに取り出した。

 

「これで……足りますか?」


 正直恥ずかしかった。足りないかもしれないって、なんとなくわかっていたから。でも、無い袖は触れない。

 

 案の定、店主さんはそれを一瞥すると、少し困ったように微笑んで言った。

 

「うーん、足りないね。……その髪留めを出してくれるなら、お釣りが出せるけど?」


 男性特有の骨ばった細い指がさしたのは、耳の上で留められた髪を彩る花のバレッタ。

 気がつけば、無意識にバレッタに手が伸びていた。

 

「これ……ですか……?」

 

 亡き母から誕生日に貰った大切な髪飾りだ。でも、これを差し出せば、父は見つかるかもしれない。

 父の為なら、母はこれを手放しても許してくれるだろうか。だけど、お金もない私に選択肢なんてなかった。


 髪留めを外して、震える手でカウンターへ差し出した。

 

「……お願いします」

 

 店主さんは頷くと、戸棚から何かを取り出し始める。

 そうして、カウンターに並んだのは、手のひらほどの正方形の紙、深い青の万年筆、赤い糸、そして古びた鉄の鋏。それと、驚くほどの金額のお釣りだった。

 それは、この髪留めの当初の値段を遥かに超えていた。


「これ……」

「君の髪留めには、それくらいの価値があるからね」


 開いた口はわずかに動いたけど、声は出なかった。

 どついう基準でそうなったのかは理解出来ないが、私は無言でお釣りをぺたんこだった財布にしまった。

 

「これは“探し物のまじない”。この紙に、探したい人のことを思い浮かべながら、名前を書いて」

「……まじない……ですか?」

 

 魔導具でもないらしいそれは、聞いたことのない言葉だった。

 

「まじないは、この店のオリジナル商品なんです」


 補足するように、今度は女の子が説明してくれた。

 抑揚があまり感じられない、少しのんびりとした話し方は、年上らしい落ち着きと、どこか不思議な雰囲気があった。


「妖精の魔法と人間の魔法を組み合わせて作った、いわば“派生魔法”。魔法使いじゃなくても扱えるけど、代わりに――後処理を間違えると、使用者に反動が返ってくるんです」

 

 いや、待って。……後処理ってなに?

 反動が返ってくるって、具体的にどうなるの?

 普通に怖いんだけど……。

 

 あからさまに困惑した私にか、彼女の説明にか、店主さんは楽しそうに笑った。

 

「安心して。この子がサポートするから」

「任せてください」

 

 胸を張って答えた彼女は、鼻から抜けた息で「ふんす」と間の抜けた音が出ていた。

 えー……この人に任せて大丈夫?


 さっきから見てる感じ、動きは正直ノロマだし、よく見れば、見た目もどこか眠たげでぼんやりしている。

 店主は面倒くさがりで、助手の子?はダルそうって、このお店、……大丈夫だよね?

 しかも、あからさまに人じゃない見た目の彼女と一緒に行動っていうのが、正直怖さもある。

 私、食べられたりしないよね……?

 

 でも、店主さんがそう言うなら、まぁそれを信じるしかい。紙を手に取ると、なんとなく裏を見た。

 そこには魔法陣が書かれていて、初めて見る図形にすぐに釘つけになった。

 ……すごい。

 

 教本とはまるで違う命令式だ。

 完結で、無駄がなくて、美しい。

 頭の中で紐解いて……行きたいが、そうじゃない。

 

「すみません……! 名前、ですね」

 

 慌てて紙にペンを走らせる。その瞬間、万年筆からふわりと香りが立ちのぼった。

 インクの香りだろうか。雨上がりの春の匂いがした。

 

 それから店主さんは手順を説明してくれた。

 内容は至ってシンプルだ。

 紙を筒状に丸めて、赤い糸で括り、蝶々結びでそれを留める。そして、鋏を手にする。

 

 シャキ、シャキ、シャキ。

 

 教えて貰った呪文を唱えながら、三度鋏を鳴らした。

 長さのある赤い糸の端を切った瞬間、紙と糸が淡く光り――蝶になった。

 

「……きれい」


 淡いブルーの光をまとった蝶が、ふわふわと店内を舞って踊る。入ってきたドアに蝶が止まると、一度だけぶわりと光が弾けた。

 

「この蝶が探して案内してくれる。じゃあ、ついてってあげて。フィオ」

「はい」

「鋏は持ってってね。見つかったら鋏にちゃんとお礼を言うんだよ。()()()忘れないでね」

「大丈夫です」


 鋏を少女へと手渡し、彼女は店主さんから何かを受け取ると、少し大きめの黒のローブを羽織っていた。

 黒のローブは一人前の魔法使いの証だ。私はまだ茶色のローブ。それは半人前の証。

 人外で魔法使いって、強すぎない?

 私は彼女を怒らせないように気をつけようと心に誓った。


「ちゃんと仕事してきてね」


 ちょっと待って。え? この人、信用されていないの?どっちなの?

 こちらの不安をよそに、フィオと呼ばれた女の子は店のドアを開けた。


 広がったのは、どこかの路地裏。

 空は茜色に染まり、遠くでは夜空がゆっくりと近づいて、きれいなグラデーションを描いていた。

 どこかから美味しそうな匂いがして、子どもたちの笑い声が遠くで聞こえた。


 私達は蝶を追って、緩やかに歩き出した。

 

「あの……私、アイラって言います」

「フィオナです。よろしくお願いします。……蝶が曲がりましたね、行きましょう」


 フィオはどうやら愛称らしい。

 そう考えると、店主とフィオナさんは曲がりなりにも仲良しらしい。

 蝶を追い路地の角を曲がると、路地の奥に開けた広場が見えた。


 蝶はふわふわと歩きやすい速度で空を舞う。

 周囲を住宅に囲まれた広場には、噴水の周りで談笑する家族やカップル、忙しなく行き交う人々など、夕暮れ時の賑わいが広がっていた。


 蝶は少し迷うように旋回し、やがて一人の男性の背中にぴたりと止まった。

 

「パパ!」

「エイダ、そんなに走ったら危ないよ」


 小さな女の子が笑顔で男性に飛びつき、男性はしっかりと抱きとめて彼女を高く持ち上げた。

 男性がくるりと一回転すると、女の子は嬉しそうに甲高い声を上げて笑う。


 意味が分からない。なにがどうなってるの?

 楽しそうに笑いあうその男こそが――行方不明になっていた父だった。

 

 全身の血がサッと引いていく。なんて言うけど、まさかそれを体感する日が来るとは思ってもいなかった。

 

「……あの人が、アイラさんの探してる人ですか?」

「……そう、みたいです」


 自分でも気がつかないうちに、私は父に捨てられていたらしい――

 

 大切な髪留めを渡してまで探した父は、違う家庭を持っていて、幸せそうに笑っている。それを初対面の他人に知られた。フィオナさんはどう思ってる……?

 恥ずかしくて、今すぐにでも消えてなくなりたかった。

 

 そんな私の隣で、フィオナさんは先ほどの鋏にお礼を言い、刃先に向かって指先を滑らせていた。

 これが後処理というやつ?

 頭はいやに冷静だった。


 再び父だった人をみれば、背にいた蝶は消えていて、女性が現れると、三人は自然に手を繋ぎ、夕暮れの中を歩き出していた。

 

「どう、したいですか?」


 そんなことを聞かれても困る。

 こっちだってまだどうしたらいいか分からないのに。

 

「……どう、しましょう」

「とりあえず、家の場所だけでも確認しておきましょう」


 フィオナさんは、優しい手つきで私のローブのフードを掴むと頭に被せてくれて、震える手を包み込むように握ってくれた。

 その指先が暖かかくて、自分の手が冷えて強張っているのが分かった。

 

 少し距離をとりながら、フィオナさんは私を連れて父の背を追っていた。

 

 *

 

 賑やかな声や料理の匂いが店内を包む中、カフェに入った私達は、店の隅のカウンターに並んで座っていた。

 

 フィオナさんが頼んでくれたホットミルクを両手で包み込んで、ぼんやりと、少なくなったコップの中を眺めていた。

 

「落ち着きましたか?」

 

 その問いに小さく頷く。


「……すみません」

「謝ることないです。つらい時は、泣いていいんですから」


 フィオナさんは背中を静かに撫でてくれていた。

 優しい……。人外で怖い人かもなんて思ってすみませんでした。

 

 ――どうして、私だけこんな思いをしてるの?

 そう思ったら、急にフィオナさんのことが気になった。

 

「あの……こんな時にあれなんですけど……」

「どうされました?」

「どうして、フィオナさんは……あの店に?」


 予想もしてない質問だったと思う。

 フィオナさんはきれいに動きを止めていた。

 

 でもすぐに、膝の上で指を組み直し、俯いてしまった。もしかして、聞いちゃいけない内容だった……?

 それとも、見習いではあるものの、私が魔法使いだから警戒しているのかもしれない。

 

 魔法使いの中には反妖精派がいる。

 まさに私の先生がその一人。魔法商店の店主さんは妖精の祝福を受けている――というのは、あの店の存在を知っている魔法使いの間では、有名な話だと先生は言っていた。

 

「アイラさんは、人狼ルー・ガルーを知ってますか?」


 斜め上からの質問だった。

 それに、なぜかその声は震えていた。

 なんで急に亜人の話し?

 

「人狼、ですか? ……はい。先生から教わりました。月を見ると狼になる一族のことですよね」

「……そうです。私、呪われてるんです。その、人狼に」


 さらりと、なんでもない事のように笑うフィオナさんにつられて笑いかけて、すぐに私の表情筋はそれ以上笑うのを止めた。

 

「……え?」


 この人は今、なんて言ったの?

 人狼は亜人種で、妖精とは違う。

 遥か昔に目撃情報があると言われているけど、今ではもうお伽話のひとつになってるのを、彼女は知らないの?


「去年、街路樹の下で、怪我をしていた小さな子犬を見つけたんです。真っ黒な毛並みに、弱々しい金色の目をしていて──今にもその息を止めてしまいそうなわんちゃんでした」

 

 手元を見つめながら、指先を無意識に絡めるフィオナさんの肩は、小刻みに震えていた。

 

 怪我をしていた狼。

 それが本当なら、おそらくフィオナさんは、噛まれたか、引っ掻かれたんだろう。

 人狼の血が傷口から混ざると、その人は人狼になる。

そう、古い幻獣辞典の人狼の欄に記載されていた。

 

「後からわかったんです。……あれは、人狼が狼になってた姿だったって。私は、魔法の『ま』の字も知らなかったから……変わったわんちゃん、って、そう思って。

 それで今は、リュカスさんに手伝ってもらって、人狼について調べてもらってます」


 フィオナさんが話しをする雰囲気から、嘘をついてるとは到底思えなかった。

 それなら、彼女の髪と目の色もなんとなく納得が出来る……けど、黒い狼?

 彼女の見た目は、完全に白い狼(ヴァイスヴォルフ)の持つ色と一致しているのに……?

 

「……そうだったんですね。無神経に聞いてしまって……ごめんなさい……」

「気にしないでください。むしろ、気持ち悪いって言われなかっただけホッとしてます」

「フィオナさんは、いつから魔法を?」

「呪われた後からです」


 なるほど。

 おそらくフィオナさんが羽織っているローブはあの店主、リュカスさんなる人のお下がりだ。

 床につきそうな程の丈の長さ、合わない肩幅と袖の長さは男性サイズだからだろう。


 お下がりなのに、それを着ている彼女は、とても大切にされていると、思った。

 私とは違う……、羨ましい。


 ――数年前に、母を亡くしたんです。


 それを言葉にした途端、感情が一気にあふれ出してきた。ぐちゃぐちゃで、苦しくて、もう自分でもどうしようもなくて、止まらなかった。


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