真実
一旦ナディネを屋敷に連れ帰った後、シグナスはまた出掛けた。
ハンビルム公爵家の王都屋敷を訪ねて伯父と面会し、母が王宮で問題を起こした事を告げた。
さすがに伯父も絶句していたが、すぐさま対応に動いた。母の身柄は父と同じ別宅へ送って二度と表に出さない。二人の意見は一致した。
シグナスとの打ち合わせを終えると、伯父は王宮へ出向いた。国王に謝罪する為だ。
後の事を伯父に任せて、シグナスは屋敷に帰る。ナディネと夕食を共にして、いつもの二人きりの時間になってから真実を告げた。
「ナディネ、実は今日の騒ぎのあれは
……私の本物の母なんだ」
「え?」
ソファに並んで座り、ナディネの手を取りながらシグナスは静かに打ち明ける。
ナディネは大きな瞳を丸くしていた。
シグナスは穏やかに微笑む。
「本当の母なんだ。あれが。正真正銘、私の母」
「え、そんな……僕はなんという無礼を……」
「いやいや、違うんだ。あれが本物であるからこそ、ナディネが偽物扱いしてくれて助かったんだよ。伯父上が感謝していた」
「えぇ?」
「あの区画に剣を持ち込むのは王族でも禁止されている。あの行為が表沙汰になれば、母だけでなく伯父上……ハンビルム公爵まで責任を追及されてしまう。伯父上にそんな迷惑をかけられない」
「……えっと……では……」
「ナディネが偽物扱いしてくれたから助かった。陛下も分かっていて偽物と仰って下さった。母は領地へ送られる。病気療養中の祖父がいるので退屈はしないだろう」
「そうなのですか……」
ナディネの肩からふっと力が抜けたのを感じて、シグナスは軽く引き寄せた。
「驚いただろう。あのような鬼婆が私の母で」
茶化して言うと、ナディネは見るからに狼狽えた。それを宥めるように背中を撫でながら、シグナスはゆったりと話す。
「ああいう母だから昔からそりが合わなくてね。母の目を盗んでは兄に会いに行って、見つかっては怒られていた」
「…………」
「ナディネは兄が好きだろう? 私も兄が好きなんだ。母よりも」
複雑そうに瞳を揺らすナディネを見て、シグナスは優しく抱き寄せる。
「ナディネが気に病む事はないんだよ。本当に。伯父上も私も助かったんだから」
「……はい」
ゆっくりと体重を預けられるのを感じながら、シグナスは何度もナディネの頭を撫でた。
大人しく腕の中にいてくれるナディネが愛しくて仕方ない。早く本当の恋人になりたいと、この頃、毎日のように願っている。
その希望が叶う日は遠くないと自負しているシグナスは、焦りは禁物だと自分を戒めた。
◆
シグナスに衝撃の事実を聞かされて、ナディネは呆然となった。
あれが……あの女性がシグナスの母親……。
ナディネは母の顔も知らないが、あのように眦を吊り上げて怒鳴り散らす人が母なのは嫌だと思ってしまう。
でもあの人がシグナスの母なのだ。シグナスはあの人に育てられて、幼い頃から密接に過ごしてきたのだ。
実際に目にした訳ではないが、想像するだけで胸の辺りがずんと重くなる。楽しい日々ではなかっただろうと思うのは偏見だろうか?
こんな風に動揺するのは何でだろう? ナディネは自問自答した。
そして何となくその理由を知る。
シグナスはずっと幸せな人だと、苦労などした事がない人だと勝手に思っていた。
王弟という身分に加えて、恵まれた天賦の才能。貴族からの人気も高く、王宮主催以外の夜会に参加しないと有名なのに、今でも貴族からの招待状がひっきりなしに届いている。
命を狙われてきたと聞いたが、いま五体満足で健やかに過ごしている姿を見て判断してしまっていた。シグナスの人生は順風満帆だったと。
母親があのような人なら、幼い頃から独特な苦労があり、それを人に言えなかったのではないだろうか? 王族だからこそ人知れず努力したのではないだろうか? 穏やかな微笑みの裏で、見えないしがらみや権力と戦っていたのでは……。
ナディネは深く反省した。
あの複雑な防護魔法陣を開発するだけでとてつもない労力なのに、自分にはそれがよく分かるのに、シグナスの表面しか見ていなかった。
シグナスが影の努力を見せないようにしているのかもしれないが、それでも、呑気に凄い人だと賞賛するだけだった自分が恥ずかしい。
ナディネはその夜、よく眠れなかった。
ずっとシグナスの事を考えていた。




