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反響

 武術大会後の反響は大きかった。

 特にブロドーク侯爵家の兄弟の見事な連携プレイはあちこちで話題になり、侯爵家にはパーティーの招待状と次男への婚約の申し込みが殺到した。


 しかし肝心の侯爵は領地に行っていて不在。いつ戻るか予定も未定。領地まで使者を送るしつこい者まで現れたが、基本的に全て断られる事になった。


 そして次の矛先は嫡男のサルーネに向かう。


 しかしサルーネも多忙である。

 父が不在なのでと、用件に拘わらず何もかも『知らない、私に訊くな』と拒否したが、中には約束もなく騎士団に押しかけて来る無礼者もいる。

 侯爵家の次期当主という身分よりも上の立場の使者ばかりだったが、対面したサルーネの冷たい迫力に圧されて『あれ? 武術大会の時と違って何か凄く怖い』という表情になり、すごすごと帰って行った。

 それでも中には居丈高に命令してくる勘違い使者もいたが、そういう輩は騎士団長に「訓練の邪魔だ」と追い払って貰った。


 更には先触れも寄越さず、ナディネ本人を名指しでブロドーク侯爵家を訪ねて来る高位貴族まで現れた。しかしナディネはもうそこにいない。

 ではどこにいるかと尋ねられた執事は、あらかじめ指示されていた通りに答えた。


「ナディネ様は王弟殿下の私設秘書をなさっておいでです。詳しい事は王弟殿下を通して下さいませ」


 さすがにどんな高位貴族でも、王弟を出されては引っ込むしかない。


 ブロドーク侯爵は王宮でそれなりの影響力はあるが、公爵家当主には及ばない。いくら国王や宰相と仲がよくても、あからさまに贔屓されるのは好ましくない。

 身分を盾にされて無理難題を押し付けられる可能性もあったが、王弟には叶わない。王弟のお陰で難を逃れたと言える。


 領地で執事からその報告を受けたブロドーク侯爵は、深く嘆息した。

 人知れず能力を磨いていたナディネは、偶然王弟に見出された。そのせいで必要以上に注目されるようになってしまったが、王弟によって完璧に守られている。


 よかったのか、悪かったのか……。

 いや、間違いなくよかったのだ。ナディネにとっては……。


 ブロドーク侯爵は瞼を伏せ、ナディネの笑顔を思い出す。

 

 王弟と魔法陣について語り合うナディネは、この上なく楽しそうだった。それまで一人で本を参考にしながら魔法陣研究をしてきたナディネに、これ以上ない理解者が現れたのだ。 

 彼から伴侶にと望まれて、受け入れるかどうかはナディネ次第だが、あの王弟が嫌われるというヘマをするとは思えない。どんなに時間がかかっても、じっくりと口説き落とすのだろう。


 ブロドーク侯爵は「はああぁ……」と何度も溜め息を吐いた。

 頭で理解していても、感情はなかなか伴わない。成人したばかりの次男が、まさかこんなに早く親元を出て行くとは思っていなかった。まだまだ時間があると、何の根拠もなく思い込んでいたのだ。

 こうなってくると、仕事ばかりしていた過去の自分が恨めしい。過去に戻れるのなら、当時の自分をタコ殴りするところだ。


「はああ……」


 ブロドーク侯爵の気鬱が晴れる事はなかった。





 王都ではブロドーク侯爵家の次男の噂が飛び交っていたが、全てナディネの与り知らぬところである。王弟の守りは鉄壁だった。

 唯一の例外が国王夫妻である。

 武術大会から帰ってすぐに、王妃からお茶会の招待状がシグナスの元に届いた。

 

 武術大会で退場する前に、ナディネも国王夫妻と直接話をしたという。シグナスはそろそろ頃合いかと判断した。


「妃殿下からの招待状だよ。今回は行こうか」


「はい。でも不安です」


 ナディネは学校へ上がってから急いで礼儀作法を学んだ。

 トラの両親や兄弟に教わったが、当時、学ばなければならない事が他にもたくさんあったので、同時進行で様々な事を一気に頭に詰め込んだ。正しく学べているのか、どうしても自信を持てない。 


「シグナス様、僕はきちんとした礼が出来ていますか?」


「もちろんだよ。優雅なものだ」


「本当に?」


「本当だ」


 ソファで隣に座るナディネの肩を、シグナスは引き寄せる。

 毎日の習慣にした夕食後の二人きりの歓談タイムは、実に効果的だった。シグナスの存在に慣れてくれて、ナディネの態度も砕けたものになっていった。


 肩を抱き寄せても手を重ねても逃げない。むしろシグナスの肩に頭を預けてくれる。魔法陣の話など内容に熱中すると、ナディネはとても無防備になる。

 シグナスはそれを利用して、恋人の距離を日常化していった。傍から見れば、もう本物の恋人同士のようだ。


「まだ解毒魔法陣の開発はほぼ出来ていないのに、申し訳ないです」


「そうかい? でもそれを待っていたらいつになるか分からないよ」


「そうですね。治癒魔法陣も三年かかりましたから」


「うん。それに兄も妃殿下も穏やかな人だから、そんなに緊張する事はないよ。困ったら私が助けるし」


「はい。ありがとうございます」


 茶会の当日まで同じような会話を繰り返した。説得されると一旦落ち着くが、次の日になるとまた不安になる。その繰り返しだった。


 シグナスは苦笑で許してくれた。自分は甘やかされていると、ナディネは実感する。


 当日は父が仕立ててくれた礼服を着た。鏡の前に立ち、何度も確認する。

 隣にはトラもいる。トラはカザティーとお揃いの騎士服だ。こちらの屋敷で過ごすようになってから、それを制服として着用している。


「さあ、行こうか」


「はい」


 シグナスに手を取られて馬車に乗った。今日は中には二人だけだ。カザティーとトラは御者台と後ろの立ち台に乗っている。


「もう緊張しているね」


「はい……」


「私の隣にいれば大丈夫だよ」


「はい」

 

 シグナスにそう言われても、ナディネは落ち着かない。

 失礼があったらどうしよう。王宮の作法に不勉強な自分は、何か粗相をしてしまうかもしれない。シグナス様を困らせたくない。

 

 不安な面持ちのまま、王宮へ足を踏み入れたのだった。

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