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シグナス口説く

 夕食後、トラを伴って部屋に戻ろうとするナディネを、シグナスは引き留めた。護衛達を下がらせて二人きりになる。

 カザティーは一瞬、片眉を上げたが、何も言わずにトラを連れて部屋を出て行った。


 完全に二人きりになったシグナスは、ソファに座るナディネの隣へ腰かけた。そしてそのまま柔らかい手を取る。


「ナディネ、お願いがあるのだが」


「はい?」


「私の事はシグナスと、名前で呼んでおくれ」


「名前で? ……シグナス様?」


「うん。殿下は他人行儀だから、そう呼ばれたい」


「分かりました」 


 ナディネは可愛く首を傾げている。引っ掛かる事があっても、シグナスの言う事を疑う事がないのだろう。全幅の信頼を置かれているような気がする。

 にこりと微笑みながら、シグナスはさり気なくナディネの肩に手を回す。繋いだ手にきゅっと力を込めた。


「ナディネ、私にこうされるのは嫌ではないかい?」


「こうされる?」


「距離が近いだろう?」


「はい。でも殿……シグナス様だから嫌ではありません」


「ありがとう。嬉しいよ」


 あまりに素直な言葉に、シグナスは自然と笑顔になった。ナディネのこの純粋無垢な清らかさに、シグナスは出会った当初からメロメロだ。

 これまでシグナスに近寄ってくるのは、男女とも野心と欲望しか頭に詰まってない輩ばかりで、シグナスはとことん辟易してきた。一生独身でも構わないと決意するほどに。


 しかしナディネに出会ってそれが見事に覆された。ナディネには傍にいて欲しい。ずっと楽しく魔法陣研究をしていきたい。

 

 そう告げると、ナディネは光栄ですと嬉しそうに笑う。


「僕も夢のようです。まさかこんな風にシグナス様と過ごせるなんて思っていませんでした。一生お会いできない雲の上の方だと思っていました」


「ありがとう。嬉しいよ。それでね」


 シグナスは握ったナディネの手を持ち上げて、指先に口付けた。


「私はこういう意味でナディネを好きなのだけど、嫌かな……?」


「こういう意味……」


 ナディネは茫然と自分の手の爪先を見た。

 シグナスはもう一度そこへ口付ける。


「ナディネと恋人になりたいんだ」


「恋人……」


 目を丸くしたナディネは固まった。頭が真っ白になったようだ。


 無防備な表情のナディネは更に幼く見えて、シグナスは細い身体を引き寄せた。


「可愛くて仕方ない。どうしようかね?」


「……僕と……恋人……?」


「そう。まだよく分からないかな?」


「よく分かりません……」


「そうだろうね」


 ブロドーク侯爵から聞いたが、ナディネの育った環境は特殊すぎた。

 色恋などを考える余裕はなく、冒険者として独り立ちするのを目指して生きてきた。学校にたくさんの生徒がいても、恋愛どころではなかっただろう。

 成人しているのに、そういう意味で全く擦れていない人間は貴重だ。


「ではこれから考えて欲しい。私とそういう関係になれるかを」


「……恐れ多いです」


「うん。それはなしね」


「それはなし……」


 茫然とシグナスの言葉を繰り返すナディネは、やはり可愛かった。シグナスは胸の中にぎゅうと抱き込む。


「これからずっとこんな風にナディネと暮らしたい」

 

「はい……」


「幸せになれると思うんだ。お互いにね」


「幸せに……」


 ナディネの頭を抱き込んで、ゆっくりと撫でる。何度も何度も繰り返した。

 ナディネは大人しくされるがままになっていた。





 翌朝、目が覚めてぼんやりしているナディネの部屋に、トラがやって来た。


「どうした? 具合が悪いか?」


「ううん。そうじゃなくて……」


 ナディネは困った事があると、いつもトラに相談してきた。だから昨晩の事もトラに話した。


「どうしよう。シグナス様に恋人になりたいって言われた」


「……だろうな」


 昨晩の退出時の様子で簡単に想像がつくが、ナディネは驚いたようで「ええっ!」と声を上げた。

 トラは苦笑する。


「それで、どうするんだ?」


「よく分からない……」


「じゃあ分かるまで考えるしかないな。俺に相談されても、結論を出すのはナディネ自身だからな」


「うん……そうだよね……」


 心細そうに眉を下げるナディネの肩を、トラはポンポンと叩いた。


「まあ、俺はお似合いだと思うよ」


「え?」


「魔法陣の事となるとナディネは生き生きするからな。あんなに話が弾むのは殿下だけだ。傍から見ていても一緒にいるのが楽しそうだ」


「そう……?」


 ナディネの頬がほんのり染まった。ようやく告白された意味を飲み込めたのか、恥じらう素振りを見せる。


「まあ、俺の意見はあくまで参考までに。決めるのはナディネだから」


「うん……」


 王弟からもゆっくりと考えればいいと言われている。だから急がなくてもいいのだ。


「今日も蔵書部屋に行くか?」


「うんっ」


 ナディネは頭を切り替えた。

 以前からずっと読みたかった古代言語の書物が、今は手の届く場所にある。しかも山のように。興味深い発見もあり、いくら時間があっても足りないのだ。

 ナディネは読書に没頭した。


 しかし夕食後の時間は王弟と二人きりで過ごす時間だと、いつの間にか決められてしまった。

 王弟に手を握られるのも、肩を抱き寄せられるのも、ナディネは嫌ではない。だから夕食後、ソファに並んで座りながら、今日読んだ本の話などをするのが日課になった。

 

 シグナスの個人的な蔵書なので、もちろんシグナスも読了済みだ。なので当然、話も合う。

 ナディネは王弟の腕の中で過ごすのが当たり前になっていった。いつの間にか恋人や夫婦の距離を受け入れてしまっている。

 

 確かにこんなに話が合う人は、他にいない。


 トラに言われた事を思い返しながら、ナディネは温もりの中で寛ぐ心地良さを知ったのだ。

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