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パーティー1

 会場の奥は階段状になっていて、中央に演説台が設けられている。そこで学校長が卒業生へお祝いの言葉を口にしているが、ほとんどの卒業生が聞いていないのは明らかだ。 


 あの二人連れが到着した時から、会場は騒然となっている。卒業生だけではない。教職員も二階の保護者達も同じだ。みんな目を皿のようにして、親しげな王弟とナディネ・ブロドークを見詰めていた。


 とんでもない同伴者を連れて来たな……ナディネ・ブロドーク……。


 ジダン・サタユリはごくりと唾を飲み込む。


 最終実技試験でナディネに負けて、父に叱られた。何故ブロドーク侯爵家の子息をマークしていなかったのかと。

 それについては本当に、どうしようもなかったとしか言いようがない。何しろナディネはそれまでは一度も成績優秀者として貼り出された事がなく、卒業前最後の試験で一気に伸びてきたのだから。


 あれからというもの父に何とか関わりを持つよう促されるが、ジダンとナディネの教室は違うので、会いに行かなければ基本的に会えない。しかも口実がなかった。

 とりあえずパーティーの同伴者について尋ねに行ったら、もういると言われた。


 魔法学の首席という立場は注目されて当然だ。しかもナディネに婚約者がいるという話を聞いた事がなかった。

 あれ以来、ブロドーク侯爵の元に婚約の打診が殺到したらしいが、悉く断られていると父が話していた。


 ジダンにもまだ婚約者が決まっていない妹がいる。魔法学の首席なら王宮に就職するのは簡単だし、継ぐ家がなくても実に有能な結婚相手だ。

 父は妹の婿としてナディネを狙っていたようだが、あっさり断られて荒れていた。


 その理由がまさか……これなのか……?


 まさかナディネ・ブロドークの同伴者が王弟とは思わなかった。しかもあの衣装……お互いの色を身につける意味は一つしかない。


 まさか……まさか……だよな……。


 成人済みのジダンは社交デビューを終えていた。公爵家の次期当主には招待状もたくさん届くので、婚約者を伴ってあちこちの夜会に参加していた。


 それでも王弟と会う機会は一度もなく、彼が参加するパーティーは王家主催のものくらいだという。

 ジダンがまだ子供だった頃にたった一度だけサタユリ家主催の夜会にお越し頂いた事があったが、その時は王弟めがけて人が殺到していて近寄る事すら出来なかった。


 ジダンは叔父から王弟についてあれこれ聞かされていた。

 幼い頃から神童と呼び声高かった王弟は、成長しても神童のままだった。入学から卒業まで首席を維持し、一度もトップの座を譲らなかったという。

 しかもその合間に失われた過去の技術、魔法陣を復活させたのだ。とんでもない偉業を成し遂げた、まさに天才だった。


 叔父は王弟と同級生だったので、学生時代は取り巻きをしていたらしい。取り巻きと言っても一方的なもので、大勢いるうちの一人でしかなかったという。


 何かと理由をつけては王弟の傍に侍ったが、王弟の素振りは淡々としたものだったそうだ。特に誰かと親しく付き合う事もなく、表面上のさらりとした関係で終わったらしい。

 卒業後にパーティーの招待状を送っても、まず断られてしまう。一度だけ招待に応じて貰えたが、それも奇跡だったのだ。


 だから王弟が出席する王家主催の晩餐会では、王弟の元に人が集まる。その時くらいしか王弟と話す機会がないからだ。


 王弟は政治についてはあまり語らないようだが、経済には興味津々だそうだ。地方の特産物や産業について詳しくて、領主達と話が弾むそうだ。

 もちろん魔法についても、魔法省長官に並ぶ知識量と技術を持っている。魔法省長官を務める時間が取れないので、今は一研究所の所長でしかない。でも実力は確かで、国内屈指の魔法使いでもある。魔法陣がなくても強いのだ。

 しかも滅多に剣を手にしないが、剣術も相当な腕だという。

 当然、騎士団からの勧誘も絶えず、時間が合った時は遠征に参加して下さるそうだ。その時の圧倒的な戦いぶりを見て憧れる騎士団員も多い。


 王弟に憧れない男など、この国にいないのではないだろうか。そう思うほど人気の高いお方だ。

 当然、山のような縁談が殺到しているが、これまで王弟は見向きもしなかったという。パーティーで特定の人をエスコートした事もなく、いつも一人での参加だと聞く。


 パーティーに一人で参加する勇気は、ジダンにはない。後でどんな噂を流されるか分からないからだ。

 だが王弟はいつもそうだと、だから独身主義者だと思われてきた。


 それが今、ジダンの目の前で嬉しそうにナディネに微笑みかけている。左腕に添えられたナディネの手に右手を重ね、ナディネの顔を覗き込むようにして小声で会話している。


 ジダンは目を疑った。

 これは本当に……本物の王弟殿下だろうか……よく似た偽物じゃないよな……。


 後ろに護衛騎士が張りついているのを見ると、どうやら本物らしい。

 護衛の隣にいるのは、いつもナディネと一緒にいる伯爵家の子息だ。そうしていると彼も護衛のように見える。


 ジダンが茫然となっている間に、学校長が演台から消えていた。どうやら卒業生へのスピーチは終わったらしい。


 学校長の演説の後は来賓の挨拶だ。ここ数年は王弟の役目だったが、今回は同伴者として下にいる。

 その代わりになんと驚く事に、今年は国王が自らお出ましになったのだ。例年よりも警備は厳重で、騎士達が大勢配備されている。

 学校長や教職員の顔が緊張で強張っているのは気のせいではないだろう。


 そして学校長と交代するように演説台に立った国王から、卒業生へのお祝いの言葉が贈られた。卒業生一同は粛々とそのありがたいお言葉を拝聴する。


 そして演説を終えた国王が二階席の席に戻ろうと身を翻した時、最前列の王弟とナディネのいる方向に目を遣った。

 その瞬間、国王は大きく肩を揺らした。何に驚いたのか目を瞠り、絶句している。

 二階席で待機している侍従が小声で合図を出したらしく、我に返った国王は止めていた足を再び踏み出した。

 

 ジダンは距離的にも近くにいたので、注意深く観察していた。


 国王が演説台から離れると、大広間の右後方に張り巡らされていた幕が下ろされた。そこには飲み物と軽食が用意してあり、使用人がたくさん立っていた。学校の食堂の職員や寮の職員も駆り出されているようだ。

 左後方の幕も下ろされる。そこには小さめのテーブルと椅子が何組も設置してあった。


 左右の前方スペースに陣取っていた楽団員が音楽を奏で始めたので、ここからは自由時間だ。中央の空いたスペースでダンスを踊る者もいれば、軽食スペースへ向かう者もいる。


 王弟とナディネがどうするのか見ていたジダンは、ギョッと目を剥いた。


 演説台から離れて一旦、二階席の所定の位置に戻った国王が、奥の階段を利用して大広間に降りて来ていた。

 後ろに焦った様子のブロドーク侯爵と護衛騎士、侍従もいる。


 またもや王弟とナディネに、その場の注目が集まった。

 みんな息を吞んで成り行きを見守った。

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