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卒業

 卒業の日が来た。

 当日は教室で担当教師と簡単な別れの挨拶をした後、全ての荷物を運び出して一旦自宅に戻る。

 そしてパーティー用の服に着替えて同伴者と同じ馬車に乗って会場へ行くのだ。


 ナディネは王弟が迎えに来るので、屋敷で待っていればいい。トラと一緒に行くつもりだったので同乗する予定だ。王弟の許可も貰っている。


 ブロドーク侯爵邸に馬車で乗り付けた王弟は、ライトブラウンの生地に水色の刺繍が施された明るい色合いの礼服に身を包んでいた。ナディネと並ぶと、お互いの色を交換した衣装だと一目で分かる。


 ナディネはそこでようやく気付いた。自分が王弟の色を纏っていることに。思わずサッと青ざめた。


「殿下、僕がこれを着て参加してもいいのでしょうか。今からでも着替えた方が……」


 踵を返そうとしたナディネを、王弟と父とトラが三人がかりで慌てて引き留める。


「ナディネ、それで大丈夫だ。殿下がいいと仰っているのだから」


「……そうですか?」


「そうだ。むしろそうしてくれないと泣くぞ」


「泣く……? 殿下が?」


「うん、泣く。盛大に」


 真顔で言い切る王弟に説得されて、ナディネは首を傾げていたが背中を押されて馬車に押し込められた。

 後から中に乗り込んで来たのは王弟とトラだ。


 今日はトラも正装姿だ。護衛騎士のカザティーの騎士服と同じ紺色なので、並び立つとナディネの護衛のように見える。

 ナディネはトラの正装姿を初めて見るので、似合っていると褒めた。髪を後ろに撫でつけてなくて、いつもの髪型のままなので飾りっ気ないが、そういうところがトラらしい。


 三人乗ってもゆとりがあるこの馬車は、ブロドーク侯爵家の物よりも上等だ。


 父は別の馬車で向かうという。

 卒業パーティーには保護者も参加自由だ。大講堂は卒業生と同伴者と教職員で溢れかえるので、二階席が来賓と保護者の席になる。


 会場に到着すると馬車が連なっていて、しばらく待たされた。

 そして順番が来てナディネが王弟にエスコートされながら降りると、周囲にいた卒業生や教職員がザワついた。


 王弟がナディネの手を取ったまま足を進めると、さっと人が割れて道が出来る。ナディネはやけに注目されるなと思いながら、差し出された王弟の腕に手を置いて誘導されるまま会場のホールへ向かった。

 すぐ後ろから、カザティーとトラが横並びでついて行く。


 入口の受付に座っている教職員に来場を告げて、中に入るだけだ。

 王弟と連れ立って受付に向かったナディネは、出来ていた列に並んだ。


 しかし教職員がギョッと目を剥き、慌てて立ち上がった。

 それを見た順番待ちの人達が何事かと振り返ってきて、王弟とナディネを見て驚愕した。申し合わせたようにサーッと人が割れて、ナディネの前がぽっかりと空く。


 王弟は苦笑しながら前に進んだ。


「どうやら順番を譲ってくれるらしい。先に入らせて貰おう」


「……はい?」


 いいのかな……と前に並んでいた人達に頭を下げながら、ナディネは受付前に立つ。

 名前を告げたら、教職員は慌てて座り直した。そこで名簿に丸をして貰う。

 同伴者の欄には王弟が自ら自分の名前を書き込んだ。


 後ろのトラの受付が済むのを待って、一緒に扉を潜った。

 ちなみにトラの同伴者はカザティーが名前を書き込んだようだ。便宜上そうしたらしい。


 今回の卒業パーティーは会場に入る時にいちいち名前を呼ばれない。席も決まっておらず、基本自由だ。

 それでも何となく爵位の高い者が奥の壇上前にいくようになっていて、入口側にいくにつれて低くなる。


 会場に入ると、大きなどよめきが起こった。ナディネは目を見開き、思わず後ろを振り返る。


「なに?」


「ナディネ」


 苦笑する王弟に促されて、奥へと進んだ。そこでも人が割れて道が出来る。王弟が向かったのは奥の方だが、公爵家の令息と取り巻き達、それぞれの婚約者がいる手前で止まる。


「この辺りでいいかな」


 侯爵家ならそこが順当だが、何しろ同伴者が王弟だ。こちらに気付いた公爵家の令息達が戸惑っている。


 その中からすっと一人出て、歩み寄って来た。最終実技試験で決勝戦の相手だったジダンだ。


 彼は王弟の前まで来ると、優雅に礼をした。


「下位の者からのお声がけをお許し下さい。私はサタユリ公爵家の嫡男、ジダンと申します。……王弟殿下、どうぞ最前列にお進み下さいますようお願い申し上げます」


「いや? 今日は付き添いなのでここでよい」


「いいえ、どうか……私どもが叱られてしまいます」


「そうか? ナディネ、どうする?」


「え……?」


 訊かれてもナディネに判断できない。ナディネが目を丸くしていると、ジダンが王弟の肩越しに物凄い形相で目配せしてきた。

 ナディネは反射的にこくこくと頷く。


「そうか。では前に行かせて貰うとしよう」


 王弟はナディネを伴い、最前列に進んだ。公爵令息と取り巻き達、その婚約者達の間を縫うようにして進んだが、今更ながら大丈夫かと不安になってくる。

 護衛のカザティーとトラも当然のように後に続いた。


 そこだけぽっかりと周囲に空間があり、異様に注目を浴びていたが、煩わしい視線を隠すようにナディネの前に王弟が立ち塞がる。


 それからそんなに待つ事もなく、パーティーが開始された。

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