衣装
卒業パーティー用の礼服が王弟から届けられた。ナディネは父が誂えてくれた物を着ていくつもりだったので、父に相談した。
夕食の席で父は渋面になる。
「確認してもいいか?」
「はい。まだ箱を開けていません」
父の意向次第で返品する可能性があったので、まだ手つかずだ。兄も帰って来たので、一緒に確認する。
見るからに豪華な包装の箱を開けると、中からは新品の礼服が出てきた。
シックなベージュ色の生地に、金と青の糸で緻密な刺繍が施してある。首元と胸元、袖口に小さな花が縫い付けられていて、男物の礼服なのにどこか可憐だ。よく目を凝らさないと花だと分からないので、遠目で見れば一般的な男性用の礼服にしか見えない。
それと小さなケースが同封されていたので開けてみたら、大きな宝石で作られたブローチが入っていた。透明度の高い青い宝石があしらわれていて、見るからに高価そうだ。
父と兄は喉奥で低く唸った。
「これほどあからさまな色で……」
「一目瞭然ですね……」
父と兄は頭を抱えている。懇意にしている仕立屋を訊かれたのは、この為か。サイズを……と父がブツブツ漏らしている。
ナディネは首を傾げた。
「見事な仕立てですが、やはりお返しした方がいいですか?」
「いや……そうしたいのは山々だが、そうさせては下さらないだろう」
父が呻くように言うと、兄も「さすがに失礼にあたるでしょう」と同意する。
「ではこれを着て参加するのですか?」
「そうだな。そうするしかあるまい。……いや、私から王弟殿下にお話ししてみる」
「そうですか。ではお任せします」
ナディネはホッとした。父に任せておけば大丈夫だ。
悲愴な顔色になっている父の横で、兄は苦笑している。
「おそらく無理ですよ」
「分かっている。しかしこれは……ナディネに似合いそうな意匠だな……」
「そのセンスはさすが王弟殿下ですね。男物に花柄の刺繍はまず考えられませんが、ナディネにはよく似合うでしょう」
「そうなんだよなぁ……」
はああぁ……と二人は深い溜め息を吐いている。
「ナディネ、もう一度確認しておく」
「はい」
真正面に立った父を、ナディネは見上げた。
「卒業パーティーに王弟殿下と出席するのはナディネの意志か?」
「? はい」
「卒業後、王弟殿下の屋敷に引っ越すのもナディネの意志か?」
「はいっ。早く解毒魔法陣の研究に取りかかりたいです。王弟殿下のお屋敷には古代言語の蔵書がたくさんあるそうなので、今から楽しみなんです。これまでは学校の図書室で調べるしかなくて、古代言語表記の本がとても少なくて……」
魔法陣の話題になると途端に目を輝かせるナディネを見て、父と兄は眩しそうに目を細めた。
そして父が手を伸ばして抱き締めてきた。
「そうか。私としては寂しいが、ナディネの夢を奪う訳にはいかない」
「父さま」
「家を離れても父はずっとナディネの味方だ。帰りたくなったら、いつでも帰って来ていいからな」
「はい……」
横から兄の手も伸びてきて、父の腕越しに抱き締められた。
「私も寂しい……」
二人から抱き締められて、ナディネは擽ったくなった。幼い子供に戻ったような気恥ずかしがあるが、やはり嬉しい。ナディネも父と兄の背中に手を回した。
「兄さまの遠征を手助け出来るよう頑張ります」
「うん。ありがとう」
兄が身体を離しながら悔しそうに言う。
「せっかくナディネが教えてくれているのに、治癒魔法陣どころか未だに防護魔法陣も完璧に作れなくて歯がゆいよ」
「基本の第一層が作れれば、二層、三層はすぐです。第四層が難しいですが、弱い攻撃なら第三層まででも防げますよ」
「うん。色々とやってみているが難しいな。ナディネの凄さを実感したよ」
「僕は何年も費やしましたから。兄さまはまだ始めたばかりですし、コツを掴んだらすぐです」
ナディネはそう信じて疑わない。何しろ兄は凄い人なのだから。
兄の手が伸びてきて、頭を撫でられた。
ナディネは嬉しかったが、やはり照れ臭くもあった。にこにこと微笑んでいた。
その翌日、父は王弟に会いに行ったようだが、暗い顔で帰宅した。
届けられた礼服で参加する事が決定したらしく、ナディネにそう伝えてきた。
「僕からも何か贈った方がいいのでしょうか?」
父に尋ねたら、それはこちらでやっておくから大丈夫だと言われた。
その後、父は兄に泣きついてグチグチと何か零していたようだった。