シグナスの企み2
祖父の周囲も、昔と比べると寂しくなっている。
前は厄介だった国の重鎮達も老齢や病気により、息子に当主の座を譲った者も少なくない。祖父の友人達はそれぞれ力を持っていたが、隠居してしまえばその影響力は薄れてしまう。
シグナスはまず、久しぶりにハンビルム公爵領に赴いた。王都の隣で距離も近い。
祖父は王都屋敷に詰めているので、領地には跡継ぎの伯父がいる。母の兄にあたる彼も、もう四十歳を越えている。穏やかな人だが、そろそろ当主になりたいだろう。
その辺りをお茶しながら探っていると、思いがけない情報が入った。
「お恥ずかしい話、父がまた女性問題を起こしまして。王弟殿下の周囲をお騒がせするかもしれません」
伯父とはいえ、今はただの公爵家の跡取りでしかないので、シグナスにも丁寧に接してくる。額の汗を拭きながら申し訳なさそうに眉を下げる伯父に、シグナスは身を乗り出した。
最初はただの世間話のつもりだったので、いきなり使えそうな話題を振られて内心喜ぶ。
「またですか? 祖父の女性好きは年齢とは関係ないのですかね?」
表面上は冷静な振りを装い、シグナスは茶器を傾ける。伯父は愚痴を零したかったのか、警戒する事なくスラスラ喋った。
相手はとある伯爵の妾をしていた女性で、まだ若い。シグナスと同年代の二十代後半だという。祖父からすると孫世代だ。
本妻にバレて関係を切られたところを、縁を頼って公爵家の使用人に会いに来た。そこで祖父に見初められて、そのまま王都屋敷で囲ったという経緯らしい。
誰の思惑が働いて祖父と顔を合わせる事になったのか、本人の希望だったのか、使用人の計らいか、それは分からない。でもシグナスとしては使えるいい情報だ。
「伯父上も苦労が絶えませんね」
「はは、そうなのですよ。それとは別に領地収入も下がってきていて、とても困っているのです」
シグナスは片方の眉を上げた。
「おや、どうしてですか? ハンビルム公爵領はとても豊かで、黙っていてもお金が転がり込んでくる一等地でしょう?」
しらっとシグナスが問えば、伯父が苦笑しながら答える。
「どうも数年前から、意図的に狙われているような感じがするのです。国王派にやられているのですかね?」
「そうですか? それなら伯父上もやり返しているのでしょう? お互い様ですね」
シグナスは微笑みながら、心の中で「この人は……」と呟く。人の好さそうな顔をして、ズバリと切り込んでくる。シグナスの仕業だとバレているのだろう
こういうところが抜け目ない。さすがは公爵家の次期当主といったところか。
シグナスはこの人を敵に回さない為にも、少し情報を打ち明けておくことにした。
「今日は実は、伯父上だけに内緒の話をしに来たのですよ」
「へえ? 王弟殿下がですか? 怖いですね」
ニタリと笑ったシグナスに、伯父は少し身構えた。
「近いうちに結婚しようと思っているのです」
「えっ!」
伯父は目を剥いた。さっと周囲を見渡し、自分の侍従が控えているのを見て眼力を強くする。
他言するなと視線で命令している。意図が正しく伝わったのか、侍従も目を伏せて静かに佇んでいた。
「結婚……ですか……?」
慎重に声を落とした伯父に、シグナスはゆったりと微笑む。
「もう少ししたら知れ渡るので秘密ではありません。でも祖父と母には内緒でお願いします。色々と面倒くさいので」
「は、はい……」
伯父は縮こまって頻りに汗を拭いている。まさかシグナスがそんな事を言い出すとは思わなかったのだろう。
「あ、相手の事を伺っても……?」
「それはまだ。ですが女性ではないとだけ言っておきます」
「女性ではない……」
伯父の目が更に大きく見開いた。
「つまり、私は子供をもうけるつもりがないという事です。兄王の為にも、ややこしくなるのは嫌なのでね」
「……………」
「ですので、ずっと先の将来の話になりますが、私の遺した財産のうち、王宮に返上するものと結婚相手に相続するもの以外は、伯父上の嫡男にいくようにするつもりでいます」
「私の嫡男に……?」
「公爵家に……と言った方が分かりやすいですかね。遺せるものを失っていたら、どうにもならないですが。……今のところ、そのつもりでいます。投資の才能があったのか、実は私は結構な資産家なのですよ」
「王弟殿下……」
伯父にはこれで伝わるだろう。
ハンビルム公爵領の収入を削ってきたが、伯父と敵対するつもりはないということ。従兄弟の代になった時、支援をする心づもりがあるということ。
伯父は深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「いえ。祖父と母の耳に入ったら大騒ぎになるので、よろしく」
伯父は苦笑した。
「困ったものですな」
「本当に」
伯父が祖父のような野心の塊でなくて助かった。公爵としての仕事はこなすが、必要以上の権力を欲しがらない。
伯父まで祖父のような野心家だったら、シグナスの苦労は増えていただろう。幸い、従兄弟も実直な性格だと聞いている。
別れの挨拶をして屋敷を後にした。
その後、シグナスはカザティーに指示して、精力剤をハンビルム公爵家の王都屋敷に届けさせた。もちろん使用人を何人も介していて、出所がシグナスだとバレないよう工夫して。
カザティーは小言は言うが、そういう命令には忠実だ。
―――老人と若い妾と精力剤。
それが何を意図するのか察しているだろうに、何も言わずに従う。こういう後ろ暗い命令を下せるのは腹心のカザティーだけだ。
シグナスはうっそりと微笑んだ。
望んだ結末になるのを期待して。