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お茶会

 家に戻ってから学校再開まで、少しの猶予があった。

 その期間を利用して、トラの引っ越しを終えた。

 ナディネの部屋の荷物もいつの間にか増えていて、スカスカだったワードローブは服でいっぱいになっていた。


 父が命じた仕立屋が来てナディネを採寸し、これまで見た事もない豪華な衣装を仕立てられた。

 張り切る父を前に、慣れないナディネは恐縮するしかなかった。兄までやって来て「もっと派手な方が似合う」とか「刺繍をもっと多く」とか、仕立屋に細かい指示を出していた。


 二人はとても楽しそうだったが「お仕事は大丈夫ですか?」とナディネが問いかけても「大丈夫だ」としか返ってこなかった。

 これまで二人共とても忙しく働いていた印象だったので、ナディネは不思議だった。


 でもその穏やかな日々は長くは続かず、父と兄の元に手紙を携えた使者が頻繁にやって来るようになり、二人は渋々仕事に戻って行った。

 夕食は共にするという約束だけは死守すると、父が誰にともなく宣言していたのを見て、ナディネは小さく笑った。


 父と兄に大事にされている。それはもう疑わない。毎日、夕食後に話すようになって実感した。かなり打ち解けてきたと思う。

 ナディネはこそばゆく感じるが、やはり嬉しい。嫌われてなくてよかった。疎まれていなくてよかった。またこうして楽しく過ごせるようになって心が温かい。


 トラも同じ屋敷にいてくれるので、前より一緒の時間が増えた。学校へ復帰するので、二人で勉強もしている。退学するつもりで最後の方の授業は手を抜いていたので、復習しておかなければならない。




 昼はトラと勉強。夜は父と兄に魔法陣を教える。

 そんな風に過ごしていたら、ある日、ナディネ宛てに王弟から手紙が届いた。約束した茶会についてだった。


 流麗な文字で明日か、明後日かと迫られていて、ナディネは苦笑した。使者が返事を貰うまで帰れないと言うので、ナディネは短く返事を書いた。

 特に予定はなかったし、文面から急いでいる気配を感じたので翌日にしておいた。


 するとその通りに、王弟が屋敷にお越しになった。

 執事や侍女と共に玄関先で出迎えると、馬車から降りた王弟は満面の笑みを浮かべていた。


「もう少し落ち着いてからと思っていたが、待ち切れなかった。すまない」


「いえ、大丈夫です。いらっしゃいませ」


 昨晩、王弟から手紙を貰い、返事をしたと父と兄に報告した。

 使者を帰してから、ふと疑問に思ったのだ。果たして王弟に足を運ばせるのはどうなのだろう……と。本来ならこちらから出向かなければいけなかったのでは……と。


 不安になって父に告げると、父は不愉快そうに眉間に皺を寄せた。


「そんなの断ってもよかったのだ」


 隣で兄が苦笑している。


「それは無理でしょう。相手は王弟殿下ですよ?」


「いや、必要以上にナディネを構われては困る。今度、何かあったら私に言いなさい。いくら王弟殿下でも、嫌な事を無理に引き受けなくてもよい」


「はい……?」


 ナディネは首を傾げる。

 王弟と魔法陣について語る時間はとても楽しい。嫌な事など何もないが、とりあえず頷いておいた。


 ともかく今回はもう返事をしてしまっている。迎え入れる準備をしておくようリマに頼んでおいた。

 

 玄関からすぐの場所にある応接室に王弟を招き入れて、お茶を飲む。

 王弟は治癒魔法陣を習得したと言った。


「もうですか? さすがです」


 ナディネが思わず拍手すると、王弟は得意気に胸を張る。


「なかなか難しかったが、繰り返し練習したのだ。見てくれ」


 王弟が目の前に翳した手のひらに、重なるように魔法陣が浮かぶ。僅かに白く発光した小さな魔法陣には、確かにナディネが紡いだ文言が並んでいる。


「完璧ですね」


「頑張ったのだ」


 褒めてくれと言わんばかりに無邪気に笑う王弟は、まるで子供のようだった。

 つられたナディネも笑顔になる。


「防護魔法陣と同じように、これを大きくしていこうと思う。追加する効果は状態異常無効化を考えているのだが、どう思う?」


 少し驚いたが、ナディネは率直に自分の意見を口にした。


「いきなり状態異常無効化は難しいと思います。まずは解毒や麻痺無効の魔法陣を編み出してから、治癒魔法陣に追加していければと……」


「既に考えていた?」


「はい。でも冒険者として活動するので後回しにしてました」


「ではこれから……学校を卒業したら本格的に魔法陣研究に没頭できるかい?」


「ええ。時間があれば……」


 研究に没頭……なんて素敵な響きだろう。思わずうっとりしたナディネに、王弟はすらすら続けた。


「私の私設秘書として雇われてくれたら充分な時間を作れる。是非引き受けて欲しいのだが、どう思う?」


「私設秘書……?」


 あまりに唐突な提案に、ナディネの目は真ん丸くなった。


「それはあまりにも恐れ多く……」


「いや、言葉の響きが大袈裟なだけで大したものではない。魔法陣について思いついた事があった時に、すぐに相談したいのだ。同じ屋敷に住んでいればすぐだろう? いちいち手紙のやり取りをして日程の調整をして……などといった手続きが煩わしい。省きたいだけなのだ」


 説得する王弟に、ナディネはそうかと納得する。


「それはそうですね」


 ナディネとしても、その環境があるのは望ましい。

 これまで魔法陣について誰かに相談したくても出来なかった。たった一人で奮闘してきた。

 でもこれからは王弟がいる。頼っていいと言われている。恐れ多い気持ちはあるが、研究者としての自分は頼りたいと望んでいる。


「父に相談してからになりますが、前向きに検討したいと思います」


 ナディネの返答に、王弟はホッと胸を撫で下ろした。


「そうか。よかった。卒業後の話だから、ゆっくり考えておくれ。もちろんそこの専属護衛も連れて来るといい。君の相棒だからな」


「はい」


「雇用条件を書面にしよう。口約束では心許ないだろう? そうだ、論文を発表しなければならない。もちろん君の名前で出すが、見本を作っておいたんだ。見てくれるか?」


「はい」


 論文などこれまで目にした事がなかったので、ナディネは戸惑う。

 こういったものには様式があり、研究者はみんな同じ様式で書くのだと説明をされる。王弟が見本として書いて下さった文章の意味を一つ一つ説明されて、ナディネは頷く。


 そして追加したい文章や解説などを書き足して修正していたら、結構な時間がかかってしまった。


 日が傾き、空が橙色に染まっている。ナディネが慌てて玄関までお見送りすると、王弟は去り際に思いついたように言った。


「そうだ。卒業式の後にパーティーがあるだろう?」


「はい。そのようですね」


 パーティーに参加するという意識のないナディネは他人事のように答えたが、王弟はにっこり笑っている。


「私と参加しないか? 君はこれまで一度もパーティーに出ていないと聞いたのだ」


「はい。そうですが……」


「学生生活の最後だ。思い出づくりに最後の一度くらい楽しんでもいいだろう? 私は君と参加したいと思っているのだが、どうだろう?」


「僕とですか? 楽しめますか?」


「もちろん楽しいに決まってる!」


 はぁ……とナディネは気の抜けた返事をする。


「経験のない僕よりも、他の方とご一緒の方が楽しいと思います」


「私は君がいいんだ。お願いしたい。嫌かな?」


「嫌ではありませんが……僕で大丈夫ですか?」


「大丈夫だ! 嫌でなければ承諾して欲しい。お願いだ」


「分かりました」


 あまりにも切々と懇願されて、ナディネは根負けした。その瞬間、王弟はパーッと顔を輝かせる。


「ありがとう。約束したからね」


 念を押すように手を取ると、王弟はナディネの手をぎゅっと握った。そして颯爽と馬車に乗り込んで帰って行った。


 馬車を見送るナディネはきょとんとしていたが、後ろで見守っていたトラは苦笑している。


「パーティーの同伴者に王弟殿下とは……また侯爵が大騒ぎしそうだ」


 トラの小さな呟きは、ナディネの耳に入らなかった。

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