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侯爵子息ナディネ

「何とか間に合った~!」


 若い冒険者二人組は、駆け戻った王都の冒険者ギルド前に待機していた馬車に乗り込んだ。

 馬車はナディネの友人トラの家の物だ。伯爵家の家紋は入ってないが、貴族が利用する頑丈なもの。


 発進した馬車の中で急いで学校の制服に着替えたナディネは、乱れた髪の毛を手櫛で整えた。

 馬車はナディネの家、ブロドーク侯爵家に向かっている。


「ごめんね、薬草の納品を任せてしまって」


「いいよ。俺は急いでないし」


 今日、採取した薬草を冒険者ギルドに納品しなければいけないが、帰宅の時間が迫っているナディネを優先してくれたのだ。

 ナディネが謝ると、トラは構わないと笑った。


「後でちゃんと納品しておくから大丈夫だ」


「ありがとう」


 ナディネは感謝する。この友人に学校で出会えたのは幸運だった。


 ナディネは侯爵家の次男だが、いないものとして扱われながら育った。領地と王都を行き来する父はいつも忙しく、食事の席にいる事も稀だ。

 たまに同席しても父が話すのは兄ばかりで、ナディネは空気のような存在だ。嫡男に何かあった時の保険でしかなかった次男は、嫡男が無事成人すれば存在価値がなくなる。


 他の高位貴族の次男、三男はほとんど婿入りが決まっていて、学校に入学する前から婚約者がいる。親が案じて将来の為に備えているのだ。

 しかしナディネには婚約者もいない。このまま順調に兄が当主になったら、ナディネは平民になるしかない。

 騎士として身を立てられれば騎士爵を賜る可能性もあったが、小柄で非力なナディネに剣術は向かなかった。


 だから同じ境遇のトラと仲良くなった。

 トラは伯爵家の四男で、冒険者になると入学前から決めていたらしい。騎士を目指す道もあったが、そこまでの腕はないと本人が言う。


 トラにも婚約者はいないらしい。

 婿入りするにも優秀さが求められる。娘婿が必要な貴族の家は、幼い頃から社交を通じて利発な子供の情報を集め、早いうちから婚約を結んでいるのだ。


 ナディネもトラも親元からの独立を目指して、自分で道を切り拓かねばならなかった。

 だから二人で冒険者ギルドに登録した。

 学校があるので平日は王都付近での採取しか出来ないが、長期休暇では少し足を伸ばして討伐の仕事もした。


 トラは片手剣を扱う剣士で、ナディネは魔法陣を扱えた。前衛と後衛で相性もいい。

 数をこなしていくうちに冒険者ランクが上がり、今は中級だ。あと少しで上級になれそうなところまできた。この分なら冒険者としてやっていけそうなのだ。


 トラの当初の予定では学校卒業と同時に独立するつもりだったようだが、ナディネが仲間入りしたので、その時期が早める事が出来る。

 もう最終学年なので、次の長期休暇の前に退学する予定だ。冒険者の二人は卒業資格など必要なく、待つ理由もない。

 ナディネはともかく、兄弟の多いトラの家では半年分の学費も勿体ない。だから出来るだけ早く冒険者一本に絞り、全ての時間をそちらに使いたい。


 二人は冒険者として稼いだお金を貯め、着々と準備してきた。場数を踏んでランクを上げてきたので、あと少しで叶う。目途が立ち、気持ち的にも余裕を持てた。


 馬車が侯爵家前に到着したので、ナディネは降りた。トラに手を振って別れ、門番に門を開けて貰う。


「お帰りなさいませ」


「ただいま」


 いつもの門番に挨拶して中に入る。

 玄関に足を踏み入れると、家令と執事が並んで待っていた。


「お帰りなさいませ、ナディネ様」


「ただいま帰りました」


 頭を下げる家令に足を止めないまま歩きながら頷き返して、ナディネは自室がある東棟に向かった。

 家令はその場に留まったが、ナディネ担当の執事はついてくる。東棟に入った途端、執事の声が後ろから聞こえた。


「今日は遅かったですね」


「すみません」


「食事に遅れる事はないよう、いつも言っていますよね?」


「分かっています」


 ふんっと息を吐く執事は不機嫌な様子だ。

 ナディネが逃げるように自室に入ると、執事は追いかけてこなかった。いつものように文句だけ言うと、どこかへ消えた。


 ナディネに侍従がいないのは昔からだ。東棟に下働きの者はいるが、従僕もいない。だから着替えも自分でする。他の高位貴族が自分では身支度を出来ないと知った時は驚いたものだ。


 父から冷遇されるナディネには使用人も冷たい。特にナディネ担当の執事は酷かった。

 父の右腕の家令の息子なので、執事としてはまだ若い。ナディネが小さい時から傍にいて、いつもナディネを罵ってきた。

 この者は優秀な兄の執事をしたかったらしい。無能で役立たずの次男に仕えるのは嫌だと、昔から隠しもしない。


 嫡男の兄は昔から優秀で、父の遺伝子をそのまま引き継いでいると評判だった。

 父は若い時は騎士団長だったらしい。当主となり領地経営が忙しくなると退団したそうだが、今でも相談役という役職が与えられていると聞く。


 兄は学校を首席で卒業し、今は第三騎士団に所属している。

 第三騎士団は魔獣討伐で地方遠征に行く事もあり花形部署だ。公爵令嬢の婚約者もいて結婚間近。格上の公爵家からの申し出で決まったと聞いた。


 父と兄の二人と、ナディネは体格からして何もかも違う。がっしりとした父と兄に比べ、ナディネは小さくて細い。片手剣すら両手でなければ持てないほど貧弱だ。

 学校に入学した当初、先生方にあからさまにがっかりされて傷ついたものだ。これがあの優秀な兄の弟かと。


 兄は剣術だけでなく、学業も優秀だったらしい。試験後に貼り出される成績優秀者の貼り紙では、いつもトップだったそうだ。その貼り紙には上位十名ほど名前が載るのだが、ナディネは一度も載った事がない。

 そこでもまた兄と比べられて、先生や生徒にも見下されて、ナディネは項垂れるしかなかった。


 でもそんな学校生活も終わりが見えてきた。


 トラと一緒に冒険者として独立する日が近付いてきていた。

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