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親子

 結局、ナディネは家に戻る事になった。少しばかり不安だったが、トラがずっと一緒にいてくれるというので了承した。


 カディシス伯爵領を離れる前に、トラの父親とも話をした。

 トラがナディネの専属護衛として雇われる事については大賛成だった。冒険者として生きるのはリスクが高いからと。


 彼は領地で魔獣暴走が発生したという報告受けて真っ白になったらしい。先日送り出した四男とナディネの身を案じ、無事を確認して安堵したという。

 だから他に生きる道があるのなら、そちらを選んでもいいと諭された。


 二度と戻らない覚悟で出た屋敷に帰って来たナディネは複雑な心境だ。

 家中の使用人が玄関先まで出て来ていて、きれいに整列している。家令の姿はなく、領地から来たという執事が先頭で頭を下げていた。

 

 父が鷹揚に頷き、皆にトラを紹介した。

 ナディネに向けては、東棟の使用人は総入れ替えすると説明があった。本館や西棟を担当してきた者の中で、立候補してた者を中心に異動するという。


 先頭に白髪混じりの中年女性がいて、ナディネに愛おしげに微笑みかけてきた。ゆっくりと頭を下げて、自己紹介をした。


「私は本館で侍女頭をしておりましたリマと申します。その前は奥様の担当侍女をしておりました。これからよろしくお願いします」


「母さまの……よろしく」


 ナディネは彼女に案内されるまま、東棟へついて行った。元の自分の部屋だが、隣はトラの部屋になるという。


「近くていいね」


「ああ。何かあったらすぐに駆け付けられる」


 使用人達が忙しなく動く中、トラとナディネは部屋に落ち着いた。

 



 食事はトラと別になった。食堂で食べるのは侯爵家の者だけなので、トラは使用人達と同じものを自室で食べるという。

 ナディネが食堂へ行くと、父と兄が揃っていた。


 あれから何となくぎくしゃくしている。父と兄に疎まれていたという誤解は解けた。それはもう疑っていないが、何を話していいのか分からない。会話の糸口が見つからないのだ。


 ナディネが困っているのを察したのか、父が食後、談話室に誘ってくれた。兄もついてくる。


「ナディネ、私も魔法陣を勉強しようと思う。教えてくれないか?」


「父さまが?」


「習得すれば、かなり便利なものだろう? 王弟殿下と話しているナディネを見て、そう感じたのだ」


「僕でよければ」


「私も学ぼう」


 兄も参加を表明し、毎日の夕食後は魔法陣の勉強会になった。

 ナディネは教本のある防護魔法陣から解説することにした。


「これが王弟殿下の発明した防護魔法陣です。完成形は人をすっぽり覆うほどの大きさがあります。構造は一層、二層、三層、四層と分かれていて、中心の第一層に基本的な防護の文言が紡がれているのです」


 ナディネが本を開きながら説明すると、それを覗き込んだ父と兄は息を呑んだ。


「凄い書き込みだ……」


「ナディネは一人で頑張ったんだな。本当に凄いな」


 昔から大事にしている本だが、長年の使い込みにより端の方から劣化していっている。ナディネが思いついた事や注意事項を細かな文字で記入しているので、説明がなければ読み解けない。

 ナディネは二人から褒められて面映ゆくなった。


 円形に紡がれている文言の意味を理解しないと発動しないので、まずは全体像の説明から始めた。


「第一層の文言は、防護の基本を表しています。第二層は物理的な接触を無効にします。第三層は魔法的な接触の無効です。一番外側は第四層で、その全ての強化をしています」


「なるほど」


「まずは中心部分の基本から始めて、発動出来るようになったら、第二層、第三層と段階を踏んで覚えていって下さい」


「なるほど。この細かな文字は全て古代言語で、呪文のように詠唱しなくても発動するが、意味を完璧に理解していないと失敗するのだな?」


「その通りです」


「魔法省の役人でも完成形に辿り着けないと、王弟殿下が仰る訳だ。難易度が相当高い」


「ナディネはよく習得できたな。尊敬するよ」


「いいえ……」


 手放しで褒められて、またもナディネは恥ずかしくなる。父と兄の欲目だろうが、頬が赤くなってしまう。


「よし。私も頑張るぞ」


「私も古代言語を覚えます。この魔法陣を使いこなせれば、遠征の時に役立ちますから」


「そうだな。私も騎士団長時代にこれがあったら、部下達の怪我も少なく済ませられただろう」

 

 そういえば……とナディネは口にした。


「父さまは雷魔法が得意なのですね。兄さまは氷魔法。属性が違うのですか?」


 今更のような質問だが、これまで交流のなかったナディネは知らなかった。

 父が嬉しそうに話してくれる。


「そうだ。元々ブロドーク侯爵家は氷魔法の系統なのだ。サルーネは先代……祖父に似ているからそれを引き継いだらしい。私の雷魔法が変わっているのだ」


「雷魔法自体、使い手が少ないと授業で習いました」


「そうだ。かなり珍しい」


「生まれつきですか?」


「ああ。物心ついた時には使えた。子供の頃、制御出来なかった時は苦労したよ」


「そうなのですか」


「ナディネの属性は何か分かっているのか?」


「はい。授業でやってみた結果、水魔法が一番使いやすかったです。魔法陣の方に力を入れてきたので、得意ではありませんが」


「そうか。氷魔法と系統が同じだから、困った時はサルーネを頼ればいい。教えてくれるだろう」


「もちろんだ」


「ありがとうございます。兄さま」


 ナディネは微笑む。

 父と兄も嬉しそうに目尻を下げていた。



 


 それを部屋の隅で見学していたトラは、侯爵と兄の気持ちを察した。

 おそらくナディネと会話するだけの為に、魔法陣を習得しようとしているのだ。

 カディス伯爵領の屋敷で、ナディネと王弟が夢中で会話を弾ませていたのを、羨ましそうに眺めているしかなかった二人だ。ナディネは気付いていなかっただろうが、トラの目から見ても気の毒だった。


 しかし今のナディネの笑顔を見て、トラもホッとした。

 長年、接触のなかった親子がいきなり仲良くしようとしても、会話の糸口がないと難しい。片方が一方的に興味のない話題を振っても会話は弾まない。すぐに沈黙になって気まずくなるだけだ。


 あの難解な魔法陣に手を出すとは、侯爵も兄も本気でナディネとの交流を望んでいる。


 ナディネも嬉しそうなので、トラも安心して微笑んだ。

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