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再会

 ナディネの目が覚めた時、一番最初に視界に入って来たのは父の顔だった。

 ナディネはベッドに横になっている。周囲を見渡すと、ここ数日お世話になっている伯爵家の見慣れた部屋だ。どうやらここへ無事に帰って来たらしい。


 ナディネは不思議そうに瞬いた。


 いつも威厳たっぷりだった父の顔が、今はとても窶れて見えた。今にも泣きそうな表情で眉を下げ、ナディネを切なげに見詰めてくる。


 ナディネは夢かと思った。父とこんなに近くで顔を合わせた事がないからだ。


 しかし父の手でしっかりと握られた自分の左手は、きちんと感触がある。ナディネはどうして今こうなっているのか、すぐには把握できなかった。


「ナディネ、大丈夫か? 痛いところはないか? 目眩はどうだ?」


「……いえ、大丈夫です……」


 反射的に答えて、謎が深まる。

 おかしい。父が自分を心配する筈がない。出来損ないの次男など要らないし、興味もないのだから。


 困惑して目を泳がせるナディネに、父の目は悲しげに揺れた。

 隣には兄もいる。彼が口を開いた。


「ナディネ、長い間、気付けなくてすまなかった。まさか担当執事があんな事をしているなんて思いもしなかったんだ」


「兄さま……?」


「ナディネがいなくなって、父上と二人で必死に捜したよ。本当に申し訳なかった。父上も私もナディネを心から愛している。あの執事は長年悪意を持ってナディネを虐げてきたんだ。全て嘘なんだよ」


「…………………え?」


 ナディネはぱちくりと瞬く。

 兄の言葉に続いて、父も辛そうに話し出した。


「本当にすまなかった。何を今更と思うかもしれないが、私はナディネを疎んじた事などない。マーラを失って、マーラによく似ているナディネを見るのが辛かったんだ。自分の事しか考えていない、悪い父親だった。悔やんでも悔やみきれないよ。本当に……悪いのは私だったんだ。ナディネは何も悪くない。責められるのは私なんだよ。許してくれとは言えない。でも帰って来てくれないか。親元を離れて独り立ちなど、まだ早い。どうか……どうかこれまでの償いをさせておくれ……」


「……………………」


 あまりにも思いがけない言葉に、ナディネの頭は真っ白になる。うまく思考が働かない。長年の洗脳は簡単には解けない。


 父も兄も反応のないナディネを見て、悲しそうに顔を歪ませている。それでもナディネは無表情で、ただ二人を見詰めるだけだった。


 彼等は詳しく語った。

 ナディネが姿を消してからの屋敷の様子。執事と家令のやらかし。東棟の使用人達の言葉。過去の話。


 ナディネはただ聞いていた。嘘のような話で、すぐには信じられなかった。現実味がなく、どこか他人事のように聞こえてしまう。


 反応のないナディネに、父と兄は必死になって謝罪を繰り返した。

 それをぼうっと見詰めていたナディネは、唐突に思い出した。


「トラ! トラはっ……!」


「ここにいるぞ」


「トラ!」


 よく見れば父と兄の後ろ、部屋の壁に背を預けるようにしてトラは立っていた。無事な様子にナディネはホッと胸を撫で下ろす。


「怪我はない?」


「大丈夫だ。ナディネが守ってくれたからな」


「ううん。僕も守られた。ありがとう」


「相棒を守るのは当然だ」


 にこやかにトラと言葉を交わしていると、別の男性が室内にいるのが見えた。

 眩しいほどの金髪に、透き通るような澄んだ青い瞳。前髪が長く、後ろにゆるく流している。とても整った容姿をしていて二十代くらい。大人の男性特有の色香が凄くて、旅装姿だが醸し出す雰囲気がどう見ても高位貴族だ。傍らに強そうな護衛騎士を従えている。


 彼も壁に凭れかかるように立っていたが、ナディネと目が合うと嬉しそうに破顔した。そして近寄って来た。


「親子の会話に割り込むようで悪いが、少し話をさせてくれ」


「……はい」


 父と兄が素直に場所を譲ったのを見て、少し驚いた。軽く頭を下げた父の素振りで、この男性が父よりも高位だと分かったからだ。


 ナディネは一気に緊張する。

 カディシス伯爵領にこんな偉い人がいるなんて初耳だ。誰だろう……? 何でこの部屋にいるんだろう?


 困惑するナディネに人懐っこい笑顔を向けて、その男性は先程まで父が座っていた椅子に腰掛ける。


「私はシグナス・ベラ・フォンディーゼだ。名前を聞いた事はあるかな?」


「…………!!!」


 ナディネは驚愕した。

 聞いた事があるも何も、ナディネがずっとずっと心の支えにしてきた本の著者だ。魔法陣研究の第一人者で、ナディネの憧れの人。目標であり、尊敬する唯一の人。


 いま目の前にその人がいるのが信じられなかった。


「…………王弟………殿下……?」


「そうだ」


「………………!!!」


 顔面がカーッと熱くなったナディネは、無意識に口元に両手を当てていた。

 ……嘘みたいだ。

 憧れの王弟殿下が目の前にいる?

 信じられない。

 夢? 幻? 

 嘘……嘘……どうしよう……こんな事あっていいの?


 真っ赤に赤面しながら、当惑しながら、キラキラ輝く瞳を向けるナディネを見て、王弟は大きく目を瞠った。そして胸を押さえながら「可愛い……」と小さく漏らす。


「なにこの可愛いらしさ……連れて帰りたい……」


「駄目です」


 後ろの護衛が間髪入れず却下するのと同時に、父が「ファッ?!」という言葉にならない悲鳴を上げ、兄は「なにっ!」と目を剥いた。


 ナディネはどきどきする胸を押さえている。感動のあまり声が出ない。


「ええと、私はずっとあの時の二人連れを捜していたんだ」


「………え?」

 

「以前、王都の郊外で襲われていた馬車を助けた事があっただろう? 覚えているかい?」


「ええ、はい」


「あれは私だ。君は命の恩人だ」


「あ、あの時の……?」


「そうだ。あれから君達をずっと捜していたんだ。ようやく見つけた」

 

 王弟はとても嬉しそうに笑っている。


 そういえば意識を失う直前、見事な防護魔法陣を見たような気がする。あれは王弟の作り出したものだったのか……?

 一生会えない人だと思っていたのに、まさか既に出会っていたなんて。


「とても優れた防護魔法陣を見て驚いた。しかも君は治癒魔法の魔法陣を開発しているというじゃないか! 是非私にも教えて貰いたい!」


「シグナス様、彼はまだ本調子ではありません。その話は回復してからに」


「おっと、そうだな。すまない、先走ってしまった」


 護衛騎士に窘められて、王弟は我に返ったようだ。魔法陣の事だからつい興奮してしまうんだ……と笑いながら言い訳する。


「まずは魔力切れから回復するのが先だな。それに効く薬などないから、ゆっくり休むしかない。目が覚めたついでに食事をしよう」


 王弟が部屋の隅に静かに控えていた使用人を呼び寄せると、ナディネの前に簡易机と軽食が供された。

 差し出されたスプーンを握り、素直に食事を始める。病人ではないが流動食のようなパン粥だったので、すぐに食べ終えた。


 父が再びベッドへ近付いてきて、ナディネの頭を撫でてきた。


「一気に色々と言われて混乱しているだろうが、私とサルーネはナディネを愛している。それは間違いない」


「父さま……」


「今は休みなさい。回復してから、またゆっくり話そう」


「はい」


 ナディネは大人しく従った。

 父の合図で全員退室し、部屋に一人になる。静かになった室内で横たわり、ナディネは天蓋ベッドの天井を見上げた。

 

 父さまと兄さま……王弟殿下までいた。

 嘘みたい。現実かな?

 色々言われたけれど、本当だったらいいなぁ……。


 あれこれ考えて興奮気味だったナディネだが、目を瞑るとすぐに眠りに落ちていった。やはり普段とは違い不調だ。

 魔力が戻るまで、まだ時間がかかりそうだった。

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