キレた王弟
来訪を断られた四日後、とうとうシグナスは切れた。
筆頭護衛騎士が止めるのも聞かず、先触れの使者を追いかけるように馬車を走らせた。
ほとんど先触れの意味などなくなる行為だが、一応、体裁を整えた形にした。後でどうとでも言い訳できるよう悪知恵を働かせたのだ。王弟の地位を利用したとも言える。
しかしその悪巧みは成功しなかった。
先触れの使者とほぼ同時に突撃したブロドーク侯爵の屋敷で、呆然と立ち尽くす事になったからだ。
「いない? いないとはどういう意味だ?」
恐ろしい形相のシグナスに噛みつかれて、ブロドーク侯爵家の執事は縮こまっている。
場所はブロドーク侯爵邸の玄関前だ。王弟という立場を前面に押し出して門を開けさせ、馬車で乗り入れた。
門番が慌てて中に取り次ぎに入ったが、出迎えに来たのは執事服を着た二人だけ。
一応、年配の方の執事が前にいたが、何が何だか分かっていない様子で、若い方が一歩前に出て来た。
「恐れながら……わざわざ王弟殿下にお運び頂いたのに恐縮ですが、家の者はみな留守をしておりまして……」
「ブロドーク侯爵も? 伏せっていると聞いていたが?」
「はい。今朝、床払いするなり急に旅立たれたのです。嫡男であるサルーネ様が付き添って行かれました」
「……旅立った? 床払いしてすぐにか?」
「はい」
「どこへ? 何があったのだ?」
「いえ……私どもの口からは何も」
「あぁ、言えないよな」
貴族家の内部事情を外部に漏らすなど、執事がする筈がない。シグナスはそこを避けるように尋ねた。
「侯爵と嫡男が留守……では次男は在宅か?」
次男と口にした瞬間、執事の目がハッと見開いたが、すぐにシグナスの追及から逃れるように目を伏せた。
「いいえ。留守でございます」
「皆いないのか。本当に」
「はい。申し訳ございません」
「う~ん……」
シグナスは空を仰いだ。
誰もいないならどうしようもない。意気込んで来てしまったが……どうしたものか。
「侯爵の行き先は?」
「ええと……」
「一家の旅行か? 病み上がりで?」
「観光旅行ではありませんが……」
「どこへ行った? 行き先くらいは聞いているだろう? まさかそれも内緒か?」
「ええと……口止めはされておりませんので問題はないと思います。カディシス伯爵領です」
「あぁ? カディシス伯爵領? なんでまたそんなところに……?」
思いもよらない田舎を言われて、シグナスは目を丸くした。
しかし執事たちは深く頭を下げたまま静止している。これ以上、何も尋ねてくれるなと、その態度で訴えていた。
「分かった。追いかけてみる」
もう屋敷に閉じ篭もって待つのはこりごりなシグナスは、後を追うと即断した。
踵を返すシグナスの背中に、執事が付け加えた。
「旦那様は今朝、出発されました。もしかしたら追いつけるかもしれません」
「承知した。騒がせてすまなかったな」
「いえ。お気をつけて」
揃って頭を下げる執事二人に見送られて、シグナスは馬車に乗り込んだ。すかさずカザティーが助言してくる。
「一旦、屋敷に帰って護衛騎士を増やさなくてはなりません。このまま追いかけるのは無理ですよ?」
釘を刺されて、シグナスは渋面になる。
「う~……やはりそうか?」
「当然です。カディシス伯爵領は西の果て。かなり遠いです。それなりの準備をしなくては」
「現地調達で何とかならないか?」
「ついこの間、襲撃されたのをお忘れですか? 護衛騎士の増員だけは譲れません」
「分かった。一旦帰る」
兄王とも約束したので、シグナスは折れた。旅支度をカザティーに任せて、じりじりと準備が整うのを待つ。
支度が整ってすぐに出発した。
寄る町、寄る町で金をばら撒いて護衛騎士達の馬を乗り換え、馬車を引く馬も取り替えて、猛スピードでカディシス伯爵領を目指した。
王都からカディシス伯爵領へは大きな街道が通っている。確かに遠いが、整備された道があるのとないのでは大違いだ。
時間的な制限もあり、初日に行ける限界の町まで辿り着くと、高級宿の前で貴族の馬車を見つけた。
ブロドーク侯爵家の家紋が入っているのを確かめて、シグナスは「よしっ」と拳を握ったのだった。