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手がかり

 その場の勢いで先触れなしに学校へ突撃したシグナスだったが、長期休暇中なのをすっかり忘れていた。


 王弟の突然の訪問は門番を驚愕させ、学校長を恐縮させた。

 慌てふためく学校関係者に学校長の部屋に通されたが、目的の魔法学の教師はほとんど休日で、出勤していた者も午前中で退勤したという。


 シグナスはがっかりした。


「申し訳ございません」


「いや、私が悪い」


 授業のない長期休暇期間中は、まとまった休暇を取る教師もいるだろう。考えなしで突撃した事をシグナスは反省する。


 ひたすら頭を下げる学校長に、おそらく知らないだろうなと思いながらも、魔法陣を使いこなす生徒がいなかったか尋ねてみた。

 学校長は「魔法陣ですか?」と、きょとんとした。その反応だけで心当たりがないと分かる。


 シグナスは、翌日には数名の魔法学の教師が出勤するのを確認してから、学校を後にした。

 学校長はこちらから伺わせると言ってくれたが、魔法学の教師を何人も自分の屋敷まで足を運ばせるよりも、自分が学校を再訪するのが早いと判断した。




 そして翌日、期待を胸に学校へ赴くと、魔法学の教師が勢揃いして王弟を待ち構えていた。休日の者が多いと聞いていたが、どうやら昨日のうちに連絡を取ってくれて、急遽出勤してくれたらしい。

 前日と同じ学校長の部屋に通されて話を聞く。用件は昨日のうちに伝えていたので、すんなりと本題に入った。


 一番年長と思われる白髪頭の壮年教師が口火を切った。


「王弟殿下には申し訳ないですが、魔法陣は魔法学の授業でも扱っておりません。さらりと説明する程度なのです。あまりにも専門的な知識が必要になるので……」


「それは構わない。でも魔法陣を使える生徒がいなかったか? 最近でなくてもいい。数年前でも、卒業した生徒でも……」


「いえ、実践をさせないので……」


 教師達は顔を見合わせて、首を横に振っている。

 シグナスは落胆しそうになったが、若い教師が「あっ」と何か思い出したように顔を上げた。


「そういえば魔法陣について、質問してきた生徒はおりました。古代言語の意味についての質問だったので、面食らった覚えがあります」


「なにっ? その生徒の名前は?」


「確か……ブロドーク侯爵の子息です」


「ブロドーク侯爵?」


 シグナスは大きく目を瞠った。昨日、耳にしたばかりの名だ。


 学校長が「首席だった、あの優秀な生徒か?」と尋ねたが、その教師は否定した。


「いえ、弟の方です」


「弟? 何かの間違いでは?」


 他の教師達が驚いている。

 でも若い教師は断言した。


「いいえ。小柄で細くて……兄に比べて平凡過ぎるという評価だったのに、やけに専門的な質問をしてくるなと不思議に思ったので、よく覚えています」


「ブロドーク侯爵の次男?」

「そうです」

「そんなまさか。あの弟が?」

「兄とは比べものにならないほど、できの悪い……あの?」

「間違いありません」


 何やら思うところがある様子の教師達は揃ってブツブツ呟いていたが、シグナスの耳には入っていなかった。むしろ胸を躍らせていた。


 ようやく掴んだ手掛かりだ。すぐに確かめねば。


「世話になった。ありがとう」


「いえ……」


 シグナスは立ち上がるとすぐに学校を後にした。

 そのままブロドーク侯爵の屋敷へ乗り込もうとしたが、筆頭護衛騎士のカザティーに止められた。


「ブロドーク侯爵は過労で倒れたと仰っていませんでした?」


 シグナスはハッとなる。


「そうだった……」


「どう考えてもご迷惑でしょう。一旦、屋敷に戻り、手紙で訪問のお伺いを立てなければなりません」


「そうだな」


 シグナスがいくら王弟でも、傍若無人に振る舞う訳にはいかない。病床にいると知っていながら突然押しかけるのは、礼儀に欠ける行いだ。


 シグナスは逸る気持ちを何とか抑えて、屋敷に帰った。すぐに手紙を出して返事を待つ。


 まだかまだかと室内でウロウロしながら焦れていたシグナスは、使者が持ち帰った返信に大きく肩を落とした。


 返事はブロドーク侯爵の嫡男からで、父の具合が思わしくないので対応できないというもの。

 その場で必ず返事を貰うようにと使者に言いつけてあったので、用件だけの簡潔な内容だった。

 普段ならもっと遠回しに断るか、貴族らしく飾った言葉で曖昧な表現をするだろうが、そんな余裕もないらしい。父親が病床にいるから当然か……。


 シグナスは頭を抱えた。


 間が悪いとしか言いようがない。国王に、ブロドーク侯爵を酷使し過ぎだと苦言を呈したばかりだ。

 その自分が病床のブロドーク侯爵の屋敷に押しかける訳にはいかない。いくら用件が子息の事だとはいえ、あまりにも非常識だ。


「うう~……」


 シグナスが執務机に突っ伏して唸っていると、カザティーが苦笑しながら侍従に命じてお茶を淹れさせた。


「でもその情報だけでは、ブロドーク侯爵の次男だと確定した訳ではないですよね?」


「直感だ」


「…………………直感……?」


「あ、いま馬鹿にしたな?」


「……………………………いいえ」


「魔法陣に興味がなければ、古代言語など教師に尋ねないだろう」


「そうですか? 全く関係ない別件で古代言語を調べていたのかもしれませんよ?」


「違う。絶対にそうだ!」


「シグナス様……」


「うるさいっ」


 シグナスはぶすりと頬を膨らませた。


「何でお前はそう意地悪を言うんだ?」


「意地悪ではありません。いつもは冷静な主が暴走気味なので、落ち着かせようとしているだけです。勝手に期待を膨らませてガッカリするのはあなたですよ?」


「………………分かっている」


「ええ、ええ、決してブロドーク侯爵の屋敷に突撃しないよう、お願いしますね?」


「ふむっ」


 


 筆頭護衛騎士に耳に痛い忠告をされたシグナスは、最初は殊勝だったが、二日、三日と経つうちに次第に落ち着きを失っていった。


 すぐにでも治癒魔法の魔法陣を解析したい欲がむくむくと湧き上がり、それでも何とか必死に抑え込んでいたが、やがて限界突破して堪えきれなくなったのだった。

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