王宮では
シグナスは焦り始めていた。捜索が難航し、まだあの若い冒険者二人組を見つけられないからだ。
王都にある三箇所の冒険者ギルドに、毎日護衛騎士を派遣している。ちらりとしか顔を見ていなくて名前も分からない現状では、彼等の記憶を頼りにするしかない。結果は思わしくなく、何の手掛かりも得られないままだ。
シグナスは唇をへの字に曲げる。
筆頭護衛騎士のカザティーが、不機嫌な主の様子に苦笑している。護衛騎士を毎日冒険者ギルドに行かせているので、外出もままならないのだ。
仕方ないので、シグナスは一度諦めた治癒魔法陣の研究に再び手をつけていた。しかし例の若者が出したという魔法陣をその目で確認した訳じゃないので、全く進歩していない。
絶対にあの若者を捜し出して詳しい話を聞かなければならないのに、それが出来ない。シグナスの眉間に深い皺が寄る。
気分転換にお茶していると、侍従が手紙を持って執務室に入って来た。封蝋を見れば国王からだ。
「呼び出しですか」
「そのようだな」
兄からの呼び出しは珍しくないので、シグナスは平然としたものだ。しばらく屋敷に篭もっていたので、王宮で何かあったのかもしれない。
でも何もなくても、しばらく顔を見せないだけで呼び出されるのだ。
「明日は登城するか」
過去に放り出した研究をつつき回すのも飽きたので、シグナスは護衛騎士に指示しておいた。
翌朝、国王の執務室へ出向いて驚いた。
「ブロドーク侯爵が倒れた?」
「そうなんだ。先日、息子からの連絡で知ったのだ。過労だそうで、しばらく来られないと知らせが入った。息子も休んでいるらしい」
「そうですか」
シグナスは職務で直接関係はないが、ブロドーク侯爵は国王と王妃、宰相が何かと頼りにしている存在だ。実務もだが、政策で迷う事案が上がる度にブロドーク侯爵の意見を聞いているらしい。
「前から思っていたのですが、ブロドーク侯爵は働き過ぎなのではないですか? 皆が頼り過ぎなのですよ。これを機会に改めなくてはならないでしょう」
シグナスが忖度なくズバッと意見すると、国王と宰相は悲しげに眉を下げた。
「分かっている。領地経営もあるというのに頼りになるからと……分かっていたのに駄目だな。しっかりしないと……」
国王と宰相が反省しているのを横目に、シグナスは茶器を手にする。上品な味わいのお茶を口にして尋ねた。
「ところで、本日、私が呼ばれたのはどういった用件ですか?」
「うむ。ブロドーク侯爵が抜けた穴が大きくてな。シグナスにも幾つか担当して貰おうと思ったのだ」
「あぁ、やはりそれですか? お断りします。今とても忙しいのですよ。急ぎの案件がありまして」
魔法省の魔法陣研究所の所長とはいえ、シグナスには比較的、時間にゆとりがある。王室絡みの仕事を増やすなら適任だ。
しかし今はそれどころじゃないのだ。
「急ぎの案件? それは何だ?」
「私よりも優れた魔法陣使いが現れたのです」
「なにっ?」
シグナスが少年時代から魔法陣に傾倒していたのを、国王はよく知っている。今の時代にシグナスより優れた術者などいないはず。
「今は最優先でその若者を捜している最中なのです。私が完成出来なかった治癒魔法の魔法陣を完成させているのですよ! 冒険者が!」
魔法陣の事になると熱くなるシグナスに、国王も宰相も真剣に耳を傾ける。治癒魔法の魔法陣と聞いて、大きく身を乗り出した。
「治癒魔法の魔法陣……それが確かなら、誰でも治癒魔法が使えるようになる?」
「そうです」
「それは凄い……」
「それが広まれば、魔獣討伐で騎士団員が重症を負うリスクが大幅に減る」
「その通りです。うちの護衛騎士を治癒してくれたのですが、その様子を私は見ていないのです。だからその魔法陣がどの程度の怪我を治せるか未確認なのです。早急にあの若者を見つけ出さなければなりません」
経緯を訊かれて、あの偶然の出会いを話したら、国王も宰相も目を鋭く尖らせた。
「迂闊だったな、シグナス。その冒険者が通りかからなければ、命も危うかったのではないか?」
「面目ないです。その通りです。ここ数年、大がかりに狙われる事がなかったので油断していました」
「気を付けておくれよ。弟を失いたくないぞ」
「はい。充分に対策を取るよう心掛けます」
「うむ」
「しかしそれは確かに早急に対処しなければねりませんね」
宰相がしみじみと言い、シグナスは頷く。
「ブロドーク侯爵の穴を埋めるのなら、本格的に政務官を育てるべきです。文官も増やして……騎士団の方は、もう今の団長に全面的に任せればいいじゃないですか」
「そうだな。騎士団はそうしよう。これまでナリタに甘えすぎた。無事に回復してくれたらいいのだが……」
「そうですね。私達も人を増やして対処しましょう」
国王と宰相が頷き合うのを、シグナスは満足げに見守った。
そして部屋を退出する前に、宰相から助言を貰えたのだ。
「殿下、冒険者ギルドの捜索が思わしくないのなら、学校へ問い合わせてみてはいかがですか? まだ若くて元貴族子息なら、覚えている魔法学の教師がいるかもしれませんよ?」
シグナスは弾かれたように肩を揺らした。
「それだ!」
学校! 何故思いつかなかったのだろう! 魔法学の教師なら、あれだけの魔法陣を使える生徒の事なら覚えているに違いない。
「宰相、ありがとう!」
「どういたしまして」
シグナスは早速、学校へ行ってみる事にした。王城から真っ直ぐ、馬車で乗り付けた。
そしてそこで有力な情報を手に入る事になる。