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サルーネ2

 ナディネとサルーネの母は馬車の事故で突然亡くなった。王妃主催のお茶会に参加する為に出掛けた時の事だった。


 貴族としては珍しい恋愛結婚だった父は、母の死に打ちのめされた。あまりにも突然の訃報に対処できなかった。更に悪い事に母は妊娠中だった。父は最愛の妻と子供を同時に失ったのだ。

 

 当時、ナディネだけでなくサルーネも放置された記憶がある。かなり長い期間、父の姿を見る事はなかった。仕事に打ち込む事で悲しみから逃れていたようだ。


 サルーネも子供だったので、当時はとても寂しかったのを覚えている。トールに優しく慰められて、父も辛いのだと根気強く説得された。

 サルーネですら執事のフォローがなかったら歪んでいたかもしれない。担当執事に見放されて、ここぞとばかり貶められたナディネは、さぞかし辛かっただろう。


 だがしかし、貴族が子供の世話と養育を使用人に任せるのは珍しくない。学校の友人達も同じように言っていた。むしろ父母にべったり世話をされている者は少なかったと思う。

 しかも多忙な父親なら余計に、親子間に距離があるのは当たり前だ。

 カディシス伯爵家が珍しいのだ。子供が多いから、子供好きの夫婦なのだろう。


 使用人に信頼を裏切られるケースも、珍しくないと聞いた。

 サルーネが学校で聞いたとある高位貴族の醜聞は、悪意が原因ではなかった。素晴らしい両親を崇拝しているが故に、侍従が度を越した選民思想で子供を教育したのだ。

 結果、子供は下の身分の生徒に躊躇なく暴行するようになり、反省もなく蛮行を繰り返した。そして退学になり、学校を去って行った。


 だから父が一時期、サルーネとナディネを使用人任せで放置したのは貴族社会ではよくある事だった。結果として子供の養育に失敗するのも、たまに耳にする。


 幸いにも父は数年経つと、徐々に元に戻っていった。母が生きていた頃は家族で過ごす時間が多かったので、余計に寂しく感じていたかもしれない。

 夕食の席に顔を出すようになった父に、サルーネは胸を撫で下ろした。

 その頃にサルーネがナディネの様子をもっと気に掛けていればと、悔やんでも悔やみきれない。


「父はその頃に、異様に仕事量を増やしてしまいました。陛下や妃殿下、宰相様と同級生なのも災いして、官吏ではないのに『相談役』というよく分からない役職を複数与えられております。今でもです。

 領地と王都を頻繁に行き来していてますが、王都に戻って来ても王宮へ行ってしまい、屋敷に帰って来るのは稀でした。ナディネだけでなく、私も中々会えなかったのです」


「ブロドーグ侯爵が多忙なのは有名ですが、そこまで……」


「一度抱え込んだ仕事は、減らしたくても減らせないようで、ずっと何年も働き詰めです。

 それとナディネが幼い頃に父を怖がる素振りを見せたので、父から声をかけるのを控えるようになったそうです」


 加えて、父とたまに顔を合わせる夕食の時間はサルーネにとっても貴重で短いものだった。

 卒業後の就職先や婚約の事など、父に確認しなければならない事項がたくさんあったのに、普段父はいない。サルーネがその短い時間を使い、父を独占してしまっていた。

 ナディネはいつも無言で佇んでいたというのに、それに気付かなかった。それは父だけでなく、サルーネの落ち度でもある。


「それでも誕生日プレゼントは欠かしませんでした。父はナディネの様子を家令に確認して、こまめに気に掛けていたそうです。もちろん家庭教師の手配も家令に命じておりました。

 その命令は無視され、ずっと嘘の報告をされてきたと知ったのは昨晩でした。誕生日プレゼントは執事が横領していました。担当執事が家令の息子だった為に発覚が遅れたのです」


「そんな事が……」


「ナディネは母と瓜二つなので、父は顔を見るのも辛かったのでしょう。母が生きていた時は、本当に仲のいい家族だったのですよ。庭で父に剣術指南を受けていたのを、よく覚えています。ナディネも無邪気に小さな木剣を振り回していました」


 サルーネの指針になった思い出だ。

 弟にキラキラした瞳で「すごい、すごいね! 兄さま!」と舌っ足らずの声で褒められて、尊敬の眼差しで見詰められて、とても誇らしかった。

 幼いナディネは本当に可愛らしくて、兄さまと呼ばれる度に頬が緩んだ。


 自慢の兄でいようと、学業も剣術も死ぬほど頑張った。努力の甲斐もあり首席になったが、その原動力はナディネなのだ。弟に尊敬される為に必死に頑張ってきたのだ。


「ナディネの自慢の兄であり続ける為に努力したのに、ナディネの異変に気付かないとは本末転倒です。もっと私が気に掛けるべきでした。父が多忙なのは知っていたのに……」


 首席を維持するのは並大抵の努力ではない。勉学と剣術に励むだけで時間はなくなる。

 学校を卒業してからは花形と言われる第三騎士団に入団したので、更に余裕はなくなった。花形と持ち上げられるのは、相応の実力を求められるということ。学生時代とは比べものにならないほどの鍛錬を要求された。


 加えて婚約者にも気を配らなければならなかった。

 相手は格上の公爵令嬢。定期的なお茶会は義務であり、社交にも手を抜けない。ドレスを贈ったり、プレゼントを選んだりするのにも、かなりの時間を取られた。

 その手の相談相手となる母がいないのが大きかった。複数の友人に頼ったり、友人の婚約者に尋ねたりした。その手間に結構な時間を費やした。

 今年に入ってからは結婚に向けて本格的に準備を始めたので、サルーネも多忙な毎日だった。


 切々と語るサルーネの悔恨の言葉に、カディシス伯爵と夫人は同情の色を浮かべた。


「すみません、言い訳が長くなってしまいました。これは私からの感謝の気持ちです。どうかお受け取り下さい」


「え?」


 サルーネは背後に控える護衛騎士に目で合図した。

 彼は心得たように前に出て、持参した袋を伯爵家の執事に渡す。


「侯爵家からの正式な礼は父が回復してからになりますが、ナディネがお世話になったお礼です」


 カディシス伯爵と夫人はぎょっと目を剥いた。


「それはっ、受け取れません!」


「いいえ、お受け取り下さい。学校が長期休暇に入る度に、こちらで世話になっていたと聞きました。結構な長期間お邪魔していたようなのに、不義理をしてしまいました。もっと早くお渡しするべきでした」


「いえ、そんな事は……」


「ナディネに優しくして下さって、本当にありがとうございます。こちらのご子息が友人になってくれて、どれほど救われたのか。本当にいくら感謝しても足りません。どうか、お収め下さい。父からはまた別にあると思いますが……」


「いえ、これは……」


 固辞しようという夫婦の返事を断つように、サルーネは強引に話を進める。


「それと伺いたいのですが、ナディネの行き先をご存知ですか?」


「うっ! えぇと……」


 いきなり追及されて動揺した夫婦は表情を取り繕えなかった。

 サルーネは注意深く凝視して確信する。知っていると。


 カディシス伯爵はサルーネの刃のような鋭い視線に晒されて、諦めたように話し出した。


「そもそもナディネ様とうちの四男、トラが何をしていたのかご存知ですか?」


「何……とは?」


「二人は冒険者として働いておりました。二年生に進級した年、十四歳からです」


「冒険者? ナディネが?」


「ええ。うちのトラは学校へ入る前から、親元から独立したら冒険者になると決めておりました。それにナディネ様も共感されたのです。

 二人には冒険者として約三年弱の実績があります。冒険者ランクも順調に上げておりました。二人でやっていけると判断したので、卒業を待たずに旅立ったのですよ」


「そうなのですか。ナディネが冒険者を……」


「ええ。ですのでいきなり平民になった訳ではありません。その辺の心配は必要ないと、お伝えしておきます」


「そうですか。情報をありがとうございます」


「いいえ」


 長居する訳にもいかないので、サルーネはカディシス伯爵家を後にした。

 はっきりと言葉にされなかったが、サルーネにはナディネの行き先の見当がついた。間違っているかもしれないが、とりあえず最初に捜すべき場所を見つけた。


「父上を置いて行ったら怒られるかな」


 馬車の中で独り言を漏らしたサルーネは、婚約者にも手紙を出しておかなければならないと思い至った。


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