押し付けられた書記!? うららと不本意なリーダーシップ
新学期。それは、新たな出会いと……そして、避けられない「係決め」という名の地雷原が広がる季節である。
ホームルームの時間。担任の綿貫ほのか先生が「はーい、皆さん、今日は新しい係を決めていきましょうねぇ」と告げると、教室の空気はわずかに重くなった。
学級委員、美化委員、保健委員、図書委員……どれもこれも、名前を聞いただけで疲労感が襲ってくる、面倒な響きを持つ役職ばかりだ。
「(きた……学園生活における最大の地雷イベント……。私の目標はただ一つ、『無職』。すなわち、係に就かないこと。全力で回避しなければ……!)」
私は机に深く突っ伏し、息を潜め、気配を完全に消し去る。ステルスモード、最大出力だ。存在感をゼロにすれば、誰かの目に留まることもないはず。
***
クラス委員長、副委員長は、立候補や推薦で比較的スムーズに決まっていく。美化委員や保健委員も、なんだかんだで決まった。
問題は、「学級委員(書記)」だった。
委員長や副委員長ほど目立ちはしないが、学級会やホームルームでの議事録作成、クラス目標のまとめ、連絡事項の掲示など、地味に、しかし確実に、面倒な仕事が多い役職だ。当然、誰もやりたがらず、立候補者はゼロ。推薦の声も上がらず、重苦しい沈黙が教室を支配した。
「あらあら、書記さんが決まりませんねぇ……困りましたねぇ……」
綿貫先生が、ほわわんとした顔で呟く。そして、その視線が、なぜか教室の隅で完璧なステルスを発動しているはずの私に向けられた。
「そうだわ。そういえば安眠さん、この前の定期テストで、現代文の成績がとっても素晴らしかったですよねぇ? あの、作者の気持ちを『眠かったんじゃないですかね』って書いた解答、先生、ちょっと感心しちゃいました。ふふ。もしかして、文章をまとめたりするのが得意なのかしら?」
「(……へ? なんでそこで私の名前が? しかもあの珍回答を褒めてる……? この先生、天然すぎる……!)」
私の内心の動揺をよそに、綿貫先生の天然発言は、最悪の起爆剤となった。
「そうだ! 先生のおっしゃる通りです!」
猪突猛が、待ってましたとばかりに立ち上がった。
「安眠殿ならば、会議の内容を一字一句聞き漏らさず、その明晰なる頭脳で的確に記録することができるはず! あの“夢幻解答”を発動させた集中力があれば、書記の任務など容易いことでしょう!」
「(だから夢幻解答って何なんだよ! ヤマ勘だって言ってるだろ!)」
さらに、他のクラスメイトたちも、この流れに便乗し始めた。
「確かに、安眠さんなら、なんか黙々と真面目にやってくれそう」
「静かだし、字も意外と綺麗だって聞いたことあるよ?」
「うんうん、適任かも!」
「え、ちょ、待って! 私、字を書くのすら面倒なんですけど!? 指が疲れるし!」
必死に抗議するも、もはやクラスの空気は「書記=安眠うらら」で完全に固まっていた。
「大丈夫だよ、うららならできるって!」とモエが無責任に言い放ち、最終的には、私の意思など全く無視された形で、不本意極まりない「学級委員(書記)」への就任が決定してしまったのだった。
「(……終わった……私の平穏な学園生活に、また一つ、重荷が……)」
私は、机に突っ伏したまま、深い絶望の溜息をついた。
***
書記としての最初の仕事は、新学期のクラス目標を決めるための学級会での議事録作成だった。
活発(という名の、まとまりのない)意見が次々と飛び交う中、私はノートとペンを前にして、すでに心が折れかけていた。
「(手書き……? この長時間の会議内容を……? 無理だ。腱鞘炎になってしまう……。いや、その前に寝落ちする……)」
絶望的な状況下で、私の脳はフル回転を始める。いかにして、この書記という名の苦行を、最小限の労力で乗り切るか。
安眠流・書記効率化術、起動。
**作戦1:『究極要約・伝心術』!**
クラスメイトたちがダラダラと述べる意見。私はそれを、眠気を必死にこらえながら(ほとんど聞き流しながら)聞き、脳内で勝手に、超高速で要約していく。そして、時折、核心を突く(ように聞こえる)短い言葉で確認する。
「つまり、『みんな仲良く、たまには真面目に』ってことでしょ?」
「要するに、『行事は楽しむけど、普段は省エネで』、と」
「結論としては、『なるべく面倒事は避けたい』、以上」
私の恐ろしく簡潔な(本音だだ漏れの)確認に、クラスメイトたちは「え? あ、うん、まあ、そうだけど…」「うらら、まとめんの早くね?」「的確すぎ…」と若干戸惑いつつも、なぜか納得してしまう。結果、私がノートに書き留める文字数は、劇的に削減された。
**作戦2:『コピペ万歳!テンプレート活用術』!**
議事録のフォーマットなど、毎回考えるのは無駄だ。私は、一度基本的なテンプレートを作成したら、あとはそれを徹底的に使い回すことにした。日付、議題、そして最終的な決定事項だけを書き換えれば、それ以外は前回のコピペで十分。
「(どうせ、毎回似たようなことしか話してないんだから、これで問題ないはず……)」
**作戦3:『文明の利器!デジタル完全移行』!**
手書きは早々に放棄した。私は、前のハッキング騒動で手に入れた最新型タブレットを取り出し、議事録作成に使用することにした。タイピングすら面倒なので、音声入力機能を積極的に活用する。
「えーと、今日の議題は……(ボソボソ)」
タブレットは『今日の議題は、ウニの未来は』などと、愉快な誤認識を連発するが、気にしない。後で修正するのも面倒なので、そのまま記録することもしばしば。予測変換も『安眠』『睡眠』『お菓子』といった私の思考を反映した単語ばかり候補に出してくるが、それもまたご愛敬(?)だ。
**作戦4:『強制終了!会議時短術』!**
会議が長引きそうになると、私の安眠センサーが危険を察知する。早く終わらせて寝たい、その一心から、私は議論の核心(と思われる部分)に切り込む。
「で、結局どうしたいんですか? 結論は?」
「時間もったいないし、多数決でいいんじゃないですかね?」
「もう時間なんで、細かいことは各自で考えてください。解散!」
私の、ある意味非常にドライで強引な進行(?)によって、クラスの会議は驚くほど早く終わるようになった。
***
当初は不満たらたらだった私の書記業務。しかし、その「究極の効率化」は、予想外にもクラス運営にポジティブな(?)革命をもたらし始めていた。
まず、『要約議事録』。あまりにも簡潔すぎるため、逆に「結局、何が決まったのか一目でわかる」と、一部の生徒から好評を得た。「うららの議事録、短すぎてウケるけど、分かりやすいんだよな」という声も。
次に、『テンプレート議事録』。フォーマットが毎回統一されているため、「前の会議で何が決まったか確認しやすい」「記録として整理されている感がある」と、意外にも評価された。
そして、『デジタル議事録』。誤字脱字や謎の変換は多いものの、データでクラス全員に共有できるため、「会議に出られなくても内容がわかる(なんとなく)」「ペーパーレスでエコ」と、時代の流れにも合っていたようだ。
極めつけは、『会議時短術』。何よりもこれが、クラス全体の負担軽減に繋がり、大好評だった。「うららが書記になってから、無駄な会議が減ってマジ助かる!」「時間通りに終わるって素晴らしい!」
いつの間にか、クラスメイトたちは、私の貢献(?)を認め始めていた。
「安眠さん、やる気なさそうに見えて、実はすごい仕事してるよね」
「影でクラスのこと、ちゃんと考えてくれてるんだな……」
「うらら書記の議事録、なんかクセになるわ……誤変換含めて」
クラス委員長や副委員長も、「安眠さんが書記だと、会議がスムーズに進んで本当に助かるよ。あの会議のまとめ方、私たちも参考にさせてもらってるんだ」と、私の手腕(という名の単なる省エネ術)を素直に評価していた。
猛は、例によって感涙している。
「おお……! 書記という裏方の立場にありながら、クラス全体を俯瞰し、的確かつ効率的な判断で皆をあるべき方向へと導いている! これぞ真のリーダーシップ! 安眠殿は、影のクラスリーダーであらせられたか!」
「(リーダーシップ……? 違う。ただ、私が楽したいだけ……早く寝たいだけだってば……)」
勘違いは、もはや訂正する気力すら湧かないレベルにまで達していた。
***
結局、私は任期満了の日まで、嫌々ながらも(しかし、極限まで効率化された方法で)書記の仕事をこなしきった。
そして、最後のホームルームで、なぜかクラス全員から大きな拍手と共に、「歴代最高に効率的な書記」「影の功労者」として、謎の感謝状と、山のようなお菓子の詰め合わせを贈られるという、想定外の事態に見舞われた。
「(……やっと解放される……長かった……。もう二度と、こんな面倒な係なんてやるものか……)」
疲労困憊の内心とは裏腹に、お菓子の山を前にして、私の口元はわずかに緩む。
「(……まあ、寄せ書きは処分に困るけど……お菓子はありがたく頂戴しよう……今日の安眠のお供に……)」
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次の学期。
新しい係が決まり、私は念願の「無職」の座を勝ち取った。これで心置きなく安眠できる。
クラスの会議は、以前のやや冗長なペースに戻ったようだ。まあ、私には関係ないことだ。
しかし、教室の隅にある学級文庫の棚には、私が作成した(そして誤変換だらけの)議事録のデータが入ったUSBメモリが、なぜか「伝説の書記の遺産 ~効率化の極意~」というラベルと共に、大切に保管されていた。
「(……誰だよ、こんなラベル貼ったの……。まあ、どうでもいいか……)」
私は小さく肩をすくめ、ようやく訪れた完全なる平穏の中、今日も今日とて、安眠への第一歩を踏み出すのだった。