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神席争奪戦!? うららと運命の席替え

 いつもの退屈なホームルーム。

 窓の外では、うららかな日差しが降り注ぎ、絶好の安眠日和だ。私は当然のように、意識を夢の世界へと飛ばす準備を整えていた。

 しかし、そんな私のささやかな計画は、担任の綿貫ほのか先生の、ほわわんとした一言によって無残にも打ち砕かれた。


「皆さーん、今日はちょっと気分転換に、席替えをしましょうねぇ」


 席替え――その言葉が教室に響いた瞬間、クラスは「やったー!」「どこになるかな?」「窓際がいい!」といった期待と興奮の声に包まれた。

 だが、私、安眠うらら(あみん うらら)にとっては、それは死刑宣告にも等しい響きを持っていた。


「(……! 最悪のイベント発生……! 私のゴールデンスリープスポットが……!)」


 内心で、私は激しく動揺していた。

 私にとって、席とは単なる椅子と机のセットではない。日照時間、教師からの死角、壁への寄りかかりやすさ、隣席の人物の騒音レベル、空調の風向き……これら全ての要素が複雑に絡み合い、私の安眠の質を決定づける、極めて重要な戦略拠点なのだ。

 そして今、私が座っているこの窓際最後列の席は、長年の研究と経験によって導き出された、まさに完璧なる布陣、ゴールデンスリープスポット(黄金安眠席)なのである。これを手放すなど、断腸の思い、いや、安眠妨害による死活問題だ。


「席替えの方法は、公平にくじ引きにしましょうねぇ」

 綿貫先生が、のんびりとした口調で、無慈悲なルールを告げる。


「(運…だと……? 私の安眠ライフが、そんな不確定要素に委ねられてたまるか……!)」


 私は、生徒たちの名前が書かれた紙が入っているであろう、くじ引きの箱を、鋭い(眠たげな)視線で睨みつけた。


「うららの隣がいいなー! 一緒に寝よー!」

 風祭モエが、私の危機感など露知らず、能天気なことを言っている。

「むん! 師匠の近くで、その安眠オーラを浴びることができれば、俺の集中力も高まるはず!」

 猪突猛は、相変わらず勘違い全開だ。


「(頼むから二人とも黙っててくれ……集中できない……!)」

 私の全神経は今、あの忌まわしきくじ引き箱に注がれているのだから。


 ***


 くじを引く順番が、刻一刻と迫ってくる。

 心臓の鼓動が、無駄にエネルギーを消費していくのを感じる。

 私は目を閉じ、精神を統一する(ように見せかけて、実は一瞬寝落ちしかけていた)。


「(落ち着け、私……。怠惰で培ったこの集中力と観察眼を、今こそ発揮する時……!)」


 安眠流・くじ引き必勝法(?)を脳内でシミュレートする。


 **作戦1:『微細振動感知』。**

 箱を持つ綿貫先生の手の、ほんのわずかな揺れ。他の生徒がくじを引いた瞬間の、紙と箱が擦れる微かな音。箱の中で偏っているであろう、くじの重心……。

 それら全ての情報を、私の超人的な(?)感覚で分析し、ゴールデンスリープスポット(窓際最後列)を引き当てる「当たりくじ」の位置を特定するのだ。


「(……この振動……綿貫先生、少し右腕に力が入っている……? つまり、箱の右奥に何か……『重み』を感じる……! そこだ!)」


 **作戦2:『脱力引き寄せの法則』。**

 くじを引く瞬間、全身の力を完全に抜き去り、無我の境地に至る。欲望(神席への執着)を手放し、「安眠席よ、来たれ……」と、ただ静かに念じるのだ。力みは失敗の元。リラックスこそが勝利(安眠)への道である。


 **作戦3:『残り福戦略』。**

 あえて焦らず、他の生徒たちが引き終わるのを待つ。最後に残ったくじにこそ、最高の幸運(神席)が宿っているかもしれない。ただし、他の誰かに神席を引かれるリスクも伴う、諸刃の剣だ。


「(……よし、作戦1と2の合わせ技でいく……!)」


 ついに私の番が来た。

 私は、深呼吸一つ(もちろん最小限の肺活量で)、箱の中にそっと手を入れる。指先に全神経を集中させ、先ほど感じ取った「重み」のある右奥を探る……あった! これだ!

 そして、脱力。無心で、その一枚の紙片を、まるで羽毛を掴むかのように、そっと引き抜いた。


 開く。書かれた番号を確認する。

 そして、私は……絶望した。


 そこに書かれていたのは、教室の座席表で、最も避けたい場所の一つ。

 **教卓の真ん前、最前列中央の席**だった。


「(…………嘘だ…………。なんで…………。私の安眠ライフ、ここに完全終了のお知らせ…………)」


 目の前が真っ暗になる。いや、元々眠かったから暗いのは通常運転だったが、精神的な暗さが加わった。


 ***


 しかし、周囲の反応は、私の絶望とは全く異なっていた。


「えー! うらら、一番前!? すごいじゃん、ど真ん中! めっちゃ目立つ席だよ!」

 モエが、まるで良い席を引き当てたかのように騒いでいる。


「なんと!」

 猛が、感嘆の声を上げた。

「師匠はあえて、最も教師の監視が厳しい最前線にその身を置き、自らに厳しい試練を課すおつもりか! 眠気という最大の敵と正面から向き合う覚悟! なんと素晴らしい向上心でしょう!」


「(違う、ただ運が悪かっただけだ! 試練とか向上心とか、私に最も無縁な言葉だ!)」


「あらあら、安眠さん、一番前なんて。ふふ、なんだかやる気満々ですねぇ」

 綿貫先生までもが、勘違いの追い打ちをかけてくる。


 さらに、事態は予想外の方向に転がった。

 私が引き当てた最前列の席は、偶然にも、クラスで私に次いで(?)おとなしく、授業中に寝ていることが多いとされる男子生徒、影山君かげやまくんの隣だったのだ。

 彼は、私が隣に来ることを知ると、なぜか少し嬉しそうに(見えた)、


「(安眠さんが隣……! これで先生に注意されても、二人なら怖くない……! いや、むしろ安眠さんがいれば、僕も安心して寝られるかもしれない……同志だ……!)」


 と、勝手に心の内で親近感を爆発させていたらしい。もちろん、私には知る由もない。


 ***


 こうして、私の新たな学園生活(地獄)が始まった。

 教卓の真ん前。教師の視線が常に突き刺さり、黒板の文字が嫌でも目に飛び込んでくる。眠ろうとしても、すぐに注意されそうなプレッシャー。安眠など、夢のまた夢だ。


「(無理……。集中できない……。眠いのに、寝られない……こんな拷問があるか……)」


 私は、かつてないほどのストレスに苛まれていた。

 しかし、そんな私に、救いの手(?)が差し伸べられた。


 授業中、私が必死に眠気と戦っている(ように見えたらしい)姿を見て、隣の席の影山君が、そっと小さなメモをこちらに差し出してきたのだ。

 そこには、定規で丁寧に引かれた線と角度で、**『この角度なら、先生から死角になります』**と書かれていた。さらに、ご丁寧に、教科書を立てる最適な位置まで図解されている。


「(……!? こいつ……できる……! ただ者じゃないな……!?)」


 私は内心で驚愕した。まさか、こんなところに「安眠の同志」がいたとは。

 私は、彼のメモに無言で頷き、早速その「安眠フォーメーション」を試してみる。……確かに、絶妙な角度だ。これなら、短時間の仮眠なら可能かもしれない。


 それだけではなかった。私が教科書を立てて船を漕ぎ始めると、影山君は、まるで示し合わせたかのように、さりげなくノートを取るフリをしながら、少しだけ身を乗り出し、**自分の体で私を教師の視線からガードする**ような動きを見せるのだ。完璧な連携プレイである。


「(……やるな、影山君……。名前、今覚えた……)」


 私は、彼の提供してくれる高度な「安眠アシスト」に、最大限の敬意(という名の利用価値への期待)を払い、この最悪の席という逆境を、新たな協力者と共に乗り切ることを決意したのだった。


 ***


 この奇妙な最前列コンビの誕生は、また新たな勘違いを生んでいた。


「安眠君、最近授業態度が少しだけマシになったような……? いや、気のせいか……? 隣の影山君と何か話しているようにも見えるが……」

 教師は、依然として怪訝な表情を浮かべている。


「む! 最前列という逆境においても、安眠殿は微動だにせず! そして、あの隣の生徒……影山と言ったか! 彼奴、いつの間に安眠殿の一番弟子に!? いや、あるいは影の参謀か!?」

 猛は、新たな関係性に興奮している。


「うらら、なんか影山君と仲良くなったじゃん! いつも二人でコソコソして、なーに話してんのー?」

 モエは、純粋な好奇心で茶化してくる。


「(……別に、安眠同盟を結んだだけだ……)」


 私は、内心で訂正しつつも、口に出すのは面倒なので放置した。


 ***


 結局、次の席替えが行われるまでの数週間、私は最前列という名の地獄を、影山君という頼れる(?)協力者と共に、なんとか乗り切った。彼との間には、言葉は少なくとも、安眠への情熱を共有する、奇妙な絆のようなものが生まれた……ような気がしないでもない。


 そして、ついに訪れた次の席替えの日。私は今度こそ、と意気込み、見事に(今度は本当に)窓際最後列のゴールデンスリープスポットを奪還することに成功した。


 隣の席になったのは、猛だった。

「師匠! またお側でお仕えできるとは光栄です!」

「(……まあ、最前列よりはマシか……)」


 ふと、前の席の方を見ると、影山君が少し寂しそうな顔でこちらを見ていた。私は、彼に向かって、ほんの少しだけ(感謝の意を込めて)頷いてみせた。彼もまた、小さく頷き返してくれた。


 教室の座席表には、以前の席替えの記録がまだ残っていた。

 私の名前と、影山君の名前が書かれた、最前列の席。

 そこには、誰が描いたのか、小さな枕のマークが二つ、寄り添うように落書きされていた。


「(……ふぁ……。さて、寝るか……)」


 私は、ようやく取り戻した安眠の権利を、心ゆくまで満喫するべく、机に突っ伏したのだった。

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