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禁断の調理法? うららの省エネ絶品(?)クッキング

 家庭科室に満ちる、甘いような、香ばしいような匂い。

 それは、これから始まる試練の狼煙のろしでもあった。

 今日の授業は、調理実習。テーマは「心温まる家庭の味・愛情たっぷりロールキャベツ」。


 教卓の前では、綿貫ほのか先生が「皆さーん、今日は愛情を込めて、美味しいロールキャベツを作りましょうねぇ。ほわわ」と和やかに説明しているが、私の心はすでに灰色だった。


「(ロールキャベツ……だと……? キャベツを一枚ずつ剥がして、茹でて、ひき肉をこねて、それを包んで、コトコト煮込む……? 正気か? 工程が……工程が多すぎる……! 考えただけで全身のエネルギーが枯渇する……)」


 隣の席では、風祭モエが「やったー! ロールキャベツ大好き! 上手に作れるかな?」とエプロンの紐を結びながら目を輝かせている。

 前の席の猪突猛は、すでに「料理は心! 愛情と情熱を込めて、至高の一皿を作り上げますぞ!」と、なぜか腕まくりをして気合十分だ。


 そして告げられる非情な班分け。

 ……やはり、私はこの二人と同じ班だった。もう嫌な予感しかしない。


「(終わった……完全に終わった……この二人、絶対『レシピ通りに丁寧に』とか言い出すタイプだ……私の安眠流・省エネクッキング計画が……)」


 綿貫先生が追い打ちをかけるように「班で協力して、最高のロールキャベツを目指してくださいね。後で、特別ゲストの先生にも試食していただく予定ですからねぇ」と告げる。特別ゲスト? 試食審査? ますます面倒なことになった……。


 ***


 調理台の前に立つ。白いエプロンすら、今の私には拘束具のように感じられる。

 猛は「まず、ひき肉に魂を込めてこねるべし!」と、ボウルの中で力強く肉を練り始めた。モエは「キャベツ剥がすの難しいー!」と、巨大なキャベツと格闘している。


 その喧騒を背に、私はシンクの前に立ち尽くす。私の脳内は、いかにしてこの煩雑な調理工程から逃れるか、その一点に集中していた。


「(キャベツを剥がす…茹でる…肉をこねる…巻く…煮る…洗い物……。駄目だ、工程が多すぎる。どこかでショートカットしなければ、私の安眠時間が確保できない……)」


 そして、閃いた。安眠流・超時短クッキングの秘策が。


 安眠流・省エネクッキング Ver.1.0、起動。


 **作戦1:『キャベツ丸ごとレンジ解体の術』!**

 一枚ずつ剥がすなんて、繊細な作業は私の性に合わない。私は、モエが苦戦しているキャベツをひょいと取り上げると、そのまま電子レンジの中に放り込んだ。


「えっ!? うらら、何してんの!? 丸ごと!?」

 モエが驚きの声を上げる。


「ん?……こうすれば、勝手に柔らかくなるでしょ……多分。熱が通れば、あとはどうとでもなる……」

「むむ!? キャベツに直接熱を加えることで、細胞レベルから組織を破壊し、調理時間を短縮するという高度なテクニックか!? さすが安眠殿!」

 猛がまたも勝手な解釈をしている。


「(いや、ただ剥がすのが面倒なだけ……)」


 **作戦2:『非接触式・魂込め(ない)捏ね』!**

 猛が汗だくでこねているひき肉。私は別のボウルを用意し、そこにひき肉、みじん切り野菜(もちろんフードプロセッサーで一瞬)、パン粉、卵、調味料を全て投入。そして、取り出したるは……ゴムベラ。


「うらら、手でこねないの?」

「手、汚れるの嫌だし……。ヘラで混ぜれば、まあ同じでしょ。均一になればいいんだから」

 私はゴムベラで、ボウルの中身をだるそうに、しかし効率的に混ぜ合わせていく。猛が「な、なんと! 直接触れずとも、道具を介して食材に“気”を送るというのか!? これぞ名人芸!」と感動しているが、もちろん気のせいだ。


 **作戦3:『巻かずに重ねろ!脱構築ロールキャベツ』!**

 レンジから取り出した、しんなりとしたキャベツ(ところどころ加熱ムラがあるが気にしない)。これを巻く作業こそ、ロールキャベツ最大の難関(面倒ポイント)だ。

 私は迷わず、その工程を省略することにした。

 大きめの鍋を用意し、柔らかくなったキャベツを適当にちぎって鍋底に敷き詰める。その上に、ヘラで混ぜただけのタネをドサッと平らに乗せる。さらにその上から、残りのキャベツで覆い隠すように蓋をする。


「……えっと、うららさん? それ、ロールキャベツ……?」

 流石のモエも困惑している。

「んー? まあ、ミルフィーユ風? 層になってれば、味は染みるでしょ。見た目より効率重視」

「ミルフィーユ……ロールキャベツを、層状に再構築する……だと!? 発想の勝利! 安眠殿、恐るべし!」

 猛の勘違いは止まらない。


 **作戦4:『煮込み? 否、圧縮調理である』!**

 普通なら、ここからコトコトと時間をかけて煮込むのだろう。だが、待つのは嫌いだ。

 私は、全ての材料とコンソメスープ、トマト缶などを、躊躇なく隣に置いてあった『圧力鍋』に投入した。


「圧力鍋!? ロールキャベツに使うの!?」

「時短。これ最強」

 私は圧力鍋の蓋を閉め、最大圧力に設定し、火にかける。「(これで他の班が煮込んでいる間に、私は少し仮眠できる……完璧だ)」


 ***


 そして、試食審査の時間。

 各班のテーブルには、丁寧に作られたロールキャベツが、湯気を立てて並んでいる。どれも美味しそうだ。

 ひときわ異彩を放っているのが、我々の班のテーブルだ。圧力鍋からドサッと皿に盛られたそれは、もはやロールキャベツの原型を留めていない。強いて言うなら「キャベツとひき肉のトマト煮込み・圧力鍋風味」といったところか。見た目は、正直言って、ひどい。


 審査員席には、校長先生、綿貫先生、そして特別ゲストだという初老の男性――有名な料理研究家らしい――が座っている。


 他の班のロールキャベツに「美味しいですね」「よく煮込まれています」と穏やかなコメントが続く中、ついに我々の班の番が来た。

 皿が運ばれると、審査員たちの間に、明らかに「これは……」という困惑の空気が流れる。校長先生は若干引きつった笑みを浮かべ、綿貫先生は「あらあら…」と心配そうに見ている。


 料理研究家は、眉間に皺を寄せ、フォークでその「何か」を恐る恐る口に運んだ。

 ……誰もが、酷評を予想した。


 しかし、次の瞬間。

 料理研究家の目が、カッと見開かれた!


「なっ!?」

 彼はもう一口、確かめるように食べる。そして、叫んだ。

「こ、これは……!! なんという……!! 美味しい!!」


 その声に、校長先生も綿貫先生も、恐る恐る試食する。

「おおっ!?」「まあ! 本当に美味しいですわ!」


 会場は「ええっ!?」という驚きの声に包まれた。


 **【奇跡の理由(という名のこじつけ)】**

 キャベツ丸ごとレンチンが、絶妙な蒸し加減を生み出し、予想外にキャベツの甘みを最大限に引き出していたのかもしれない。

 手でこねなかったタネは、逆に肉の粒子を潰しすぎず、粗挽きのようなジューシーな食感を残していたのかもしれない。

 巻かずに重ねたことで、煮崩れる心配なく、味の染み込みが驚くほど均一になったのかもしれない。

 そして、圧力鍋による急激な高温高圧調理が、本来なら長時間煮込まないと出ないような素材の旨味を、短時間で極限まで凝縮させたのかもしれない。

 全ては、うららの「楽をしたい」という怠惰が生んだ、偶然の産物だったのだが……。


 ***


 料理研究家は、興奮冷めやらぬ様子で語り始めた。

「素晴らしい! これは、既存のロールキャベツの概念を打ち破る、まさに“料理の再構築”! 見たまえ、キャベツの層、肉の層、ソースが渾然一体となり、口の中で新たな調和を生み出している! これは……そう、『デストラクテッド・ロールキャベツ』と呼ぶべき、新しいジャンルの料理だ!」


 デストラクテッド? 再構築?

 横文字に弱い私は、意味がよくわからない。


「う、うまい! 実にうまいぞ! 安眠君、君は料理の世界でも天才だったとは! この老体、感動で打ち震えておる!」

 校長先生は、なぜか涙ぐんでいる。

「ほわわ……こんな美味しいものが作れるなんて、安眠さんは魔法使いさんですねぇ……」

 綿貫先生は、うっとりとした表情だ。


「安眠殿の料理は、形骸化した常識にとらわれぬ、自由なる魂の叫びそのもの! この猛、生涯忘れませぬ!」

 猛は、もはや拝むような勢いだ。

「えー、よくわかんないけど、結果的に美味しいなら良かったね、うらら!」

 モエは、能天気に拍手している。


「(デストラクテッド……? ただ面倒で重ねただけなんだけど……。まあ、美味しかったなら、それでいっか……。洗い物も少なくて済んだし……)」


 私は、周囲の熱狂から一人取り残されたように、キョトンとしていた。


 ***


 結局、我々の班の「デストラクテッド・ロールキャベツ」は、調理実習でぶっちぎりの最高評価を獲得した。

 私は、「味覚の革命児」「型破りの天才料理人」「厨房のシンデレラ(?)」など、様々な(不本意な)称号と共に、一時的に学園の食通たちの間で伝説となった。


 もちろん、当の本人は、そんな評価には全く興味がない。

 実習後、余った(?)ロールキャベツ(らしきもの)をタッパーに詰めてもらい、「(今日の晩御飯、これで済ませられるな…ラッキー♪)」と、そちらの方に満足感を覚えていた。


 ***


 次の日。

 教室では、昨日の調理実習の興奮も冷め、いつもの日常が流れている。私は、購買で買った菓子パンをもぐもぐと頬張りながら、次の安眠タイミングを計っていた。


 猛だけは「師匠! あのデストラクテッド・ロールキャベツの極意、料理の魂を! ぜひご教授ください!」と目を輝かせて詰め寄ってくるが、


「さあ…? よく覚えてないや。寝てたら、なんか出来てたような気もする……」


 と、眠たげに答えておいた。あながち嘘でもないかもしれない。重要なのは、私が楽できたという事実だけだ。


 家庭科室の片隅にある、共有レシピノート。

 誰かが、こっそりと新しいページを書き加えていた。


『安眠流・重ね煮キャベツ(デストラクテッド風)(仮)』


 その下には、小さな文字でこう追記されていた。

『※再現性、著しく低い可能性あり。要・安眠うららの存在?』


「(……はぁ、面倒な誤解がまた一つ……)」


 私は、窓の外のうららかな日差しに目を細め、今日もまた、訪れるであろう安眠の時を待ち望むのだった。

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