交換留学生とうららの異文化交流(睡眠)
ある日のホームルーム。担任の綿貫ほのか先生が、いつもより少しだけ弾んだ声で紹介したのは、金色の髪に透き通るような青い瞳を持つ、絵に描いたような美少年だった。
「皆さーん、今日から一ヶ月間、私たちのクラスで一緒に学ぶことになった、交換留学生のオリバー君でーす。皆さん、仲良くしてあげてくださいねぇ」
「ハロー、エブリワン! アイム オリバー・スミス。ナイス トゥー ミーチュー!」
流暢な(ように聞こえる)英語で挨拶するオリバー君に、クラスの空気は一気に華やいだ。特に女子生徒たちは目を輝かせ、男子生徒たちもどこかソワソワしている。
「キャー! イケメン!」「英語ペラペラじゃん!」「友達になれるかな?」
教室がそんな浮かれた雰囲気に包まれる中、私、安眠うらら(あみん うらら)は、最後列の窓際の席で、その喧騒から完全に隔離されていた。
「(……留学生……? ふーん……。まあ、私には関係ないか……。英語喋るの面倒だし……)」
私の興味は、オリバー君の美貌や語学力ではなく、彼が来たことで教室の人口密度が上がり、安眠環境が悪化しないか、その一点のみに向けられていた。幸い、彼は私の席からは遠い、教室の前方に座ることになったようだ。
「(よし、これで安眠は確保された……)」
私は安心して、早速、午前の授業という名の安眠タイムへと意識を移行させ始めた。
***
オリバー君は、その整った容姿とフレンドリーな性格であっという間にクラスの人気者になった。休み時間には、常に彼の周りに人だかりができている。
風祭モエも「オリバー君、めっちゃいい人だよ! 日本のアニメにも詳しいんだって!」と興奮気味に話しかけてくるし、猪突猛も「オリバー殿! 日本の武士道精神について語り合おうぞ!」と、早速カタコトの英語で交流を図ろうとしていた。
そんなクラスの熱狂をよそに、私は通常運転を貫いていた。
授業中は安眠。休み時間も、人が少ない場所(図書室の隅、中庭のベンチ、たまに保健室)を見つけては安眠。オリバー君との接点など、皆無に等しかった。
ところが、そんな私のマイペースすぎる態度が、逆にオリバー君の興味を引いてしまったらしい。
ある日の昼休み、私が中庭のベンチでいつものように寝息を立てていると、ふと気配を感じて目を開けた。目の前には、オリバー君が立っていたのだ。彼は、不思議そうな、それでいて何か感銘を受けたような表情で、私の寝顔(おそらく半開きの口で間抜けな顔だっただろう)をじっと見つめていた。
「……(げ、オリバー君……。なんか用……? 英語で話しかけられたらどうしよう……面倒くさい……)」
私が内心で警戒していると、彼はゆっくりと口を開いた。
「……Oh……Wonderful sleeping……」
彼はそう呟くと、私の隣に静かに腰を下ろし、目を閉じて瞑想(?)のようなポーズを取り始めたのだ。
「(……え? なに? 一緒に寝るの……? まあ、静かにしてくれるなら別にいいけど……)」
状況がよく分からないまま、私も再び眠りの世界へと戻った。
その日を境に、オリバー君は、なぜか私の行く先々(安眠スポット)に現れるようになった。
私が図書室の隅で寝ていれば、彼は隣で静かに本を読む(時折、私の寝息に耳を澄ませているようにも見える)。
私が保健室のベッドで寝ていれば、彼は近くの椅子に座って、ただじっと私の寝顔を観察している。
彼は特に話しかけてくるわけでもなく、ただ静かに私の「安眠」に寄り添う(?)のだった。
***
この奇妙な交流(?)は、当然、学園の噂好きたちの格好の的となった。
「なあ、見た? 安眠さんとオリバー君、めっちゃ仲良くない?」
「なんか、いつも一緒にいない? しかも、うらら、ほとんど寝てるのに!」
「オリバー君、うららの寝顔、めっちゃ優しい顔で見てるんだよ!」
「あれって……もしかして……恋!?」
国際的なロマンス(?)の噂が、あっという間に学園中に広まった。
モエは「えー! うらら、いつの間にオリバー君とそんな関係に!? やるじゃん!」と目を輝かせ、猛は「なんと! 安眠殿の魅力は、国境や言語の壁をも超えるというのか! その大いなる包容力、まさにグローバルスタンダード!」と、またも壮大な勘違いをしている。
綿貫先生までもが、「まあ、安眠さんとオリバー君……言葉は通じなくても、心で通じ合っているのかもしれませんねぇ。国際交流の新しい形かしら? ほわわ」と、メルヘンチックな解釈をしていた。
「(……違う。断じて違う。ただ、彼が一方的に私の安眠についてくるだけだ。心の交流なんて一切ない。そもそも会話すらほとんどしてないのに……)」
私は、周囲の盛大な勘違いに、もはや反論する気力も失っていた。オリバー君本人に聞いても、彼はニコニコしながら「Your sleeping is… beautiful. Like… Zen…」などと、よく分からないことを言うだけだ。(Zen? 禅のことか? 私の寝相が?)
どうやら、オリバー君の母国(どこかは知らないが)には、「静かに深く眠ることは、精神的な落ち着きや悟りの境地に近い、非常に尊い行為」と考える文化や哲学があるらしく、私のいつでもどこでも熟睡できる姿が、彼には「生ける禅の実践者」のように見えているらしいのだ。……迷惑な話である。
***
オリバー君の留学期間はあっという間に過ぎ、彼が帰国する日がやってきた。
クラスでは、ささやかなお別れ会が開かれた。皆が名残惜しそうに彼にメッセージを贈る中、私は例によって教室の隅で安眠をむさぼっていた。
お別れ会の最後に、オリバー君が挨拶に立った。彼はクラスメイトへの感謝を述べた後、まっすぐに私の席へと歩み寄ってきた。
「(……げ、またか……。何を言われるんだ……)」
眠い目をこすりながら身構える私に、オリバー君は深々とお辞儀をした。
「ミス・アミン。Thank you for teaching me… the deep meaning of sleep and peace. I will never forget your… Zen.」
彼はそう言うと、私に一つの包みを差し出した。中には、彼の国で作られたという、最高級のシルクの枕が入っていた。
「(……枕……! しかも高級シルク……! これは……ポイント高い……!)」
私は、言葉の意味は半分も理解できなかったが、プレゼントだけはしっかりと受け取った。
周囲は「おおー!」「やっぱり二人は特別な関係だったんだ!」と、最後の最後まで勘違いを続けていた。
オリバー君は、名残惜しそうに私に手を振り、教室を後にした。
嵐のような一ヶ月だった……。
***
次の日。
オリバー君が去った教室は、少しだけ寂しさを感じさせ……ることもなく、いつも通りの日常に戻っていた。私の「国際ロマンス伝説(?)」も、急速に風化し始めている。それでいいのだ。
私は、オリバー君からもらった最高級シルク枕の感触を思い出しながら、今日もまた、教室の窓際で安眠の準備を始めていた。
「(……あの枕、家のベッドで使ったら最高だろうな……。でも、学校に持ってくるのは面倒か……)」
ふと、机の隅に目をやると、そこには小さな折り鶴が置かれていた。オリバー君が、お別れの時にこっそり置いていったものだろうか。折り鶴には、たどたどしい日本語で、こう書かれていた。
『アミン サン ヘイワ アリガトウ』
「(……平和……まあ、寝てる時は平和か……)」
私は、その折り鶴を、特に感慨もなくペン立てに差し込むと、今日もまた、言語も文化も超えた(?)、普遍的な欲求――安眠――を追求すべく、静かにまぶたを閉じるのだった。