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幽霊部員うららと廃部寸前(?)文芸部の救済

 新年度が始まり、学園内は部活動の勧誘合戦で活気に満ちていた。

 運動部の熱のこもった声、文化部の控えめながらも熱心な呼びかけ。廊下を歩けば、様々な部のポスターやビラが目に飛び込んでくる。


「(うるさい……騒がしい……エネルギーの無駄遣いだ……)」


 私、安眠うらら(あみん うらら)は、それらの喧騒を巧みな蛇行運転で回避しつつ、いかにして「無所属」という名の自由(=安眠時間)を確保するか、それだけを考えていた。部活動など、拘束時間の延長でしかない。


「ねぇうらら、どこか部活入ろっかなー! なんか面白そうなのないかな?」

 風祭モエは、キョロキョロと辺りを見回し、楽しそうだ。

「俺はやはり、己を鍛え上げるべく運動部で汗を流す所存! 目指すは全国制覇!」

 猪突猛は、早くもランニングウェアに着替えそうな勢いだ。


「(……二人とも元気だな……私には無理だ……)」


 そんな私の元に、思いがけない人物からの接触があった。

 それは、クラスでも物静かで、あまり目立たない文学少女、確か名前は……白鳥しらとりさんだったか。彼女が、おずおずといった様子で私に声をかけてきたのだ。


「あ、あの……安眠さん……」

「……はい?」

「突然すみません……あの、もし部活とか決まってなかったら……文芸部に、名前だけでも貸していただけませんか……?」


 文芸部? 聞いたこともない。

 訝しげな顔をする私に、白鳥さんは涙目で訴えかける。


「今、部員が私一人だけで……このままだと、廃部になっちゃうんです……! 活動はほとんどないですし、部室で静かに過ごすだけでも構いませんので……! お願いします!」


「(文芸部……活動ほとんどなし……静かに過ごせる……寝てても怒られなそう……)」


 私の脳内コンピューターが、メリット・デメリットを高速で弾き出す。

 結論:メリット(安眠時間の確保)がデメリット(名前を貸す手間)を上回る。


「……まあ、別にいいけど。ただし、活動は基本パス。気が向いたら顔出すくらいで」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」


 白鳥さんは、深々と頭を下げて感謝してきた。

 こうして私は、廃部寸前の文芸部に、幽霊部員として籍を置くことになった。新たな安眠スポット確保、という下心と共に。


 ***


 文芸部の部室は、図書室の隅にある、使われなくなった小部屋だった。

 古い木の机と、少し埃っぽい本棚、そして年季の入ったソファが一つ。日当たりはそこそこだが、何より静かだ。完璧だ。


「(……ここはいい……落ち着く……)」


 私が部室に顔を出すのは、主に昼休みや放課後の、他の活動が面倒な時だけ。

 白鳥さんが、カリカリとペンを走らせて創作活動に没頭する隣で、私は迷わずソファへと直行し、深々と身を沈める。そして、安眠。


 たまに、白鳥さんが困った顔で話しかけてくる。

「安眠さん、この表現、どう思いますか……?」

「んー……? いいんじゃない?(読んでない)」

「なんだか、アイデアが浮かばなくて……」

「……眠いなら、寝れば?(自分のこと言ってる)」


 そんな適当なやり取りが繰り返されるだけの日々。

 顧問である綿貫先生がたまに顔を出し、「あらあら、安眠さん、いるだけで部の雰囲気が和みますねぇ。白鳥さんの創作意欲も刺激されているみたいで、良かったですわぁ、ほわわ」などと、またしても勘違い発言をしていく。


「(刺激? してない。むしろ、私の睡眠導入オーラで眠くさせてる可能性の方が高い……)」


 私は、ただひたすらに、静かな部室での安眠を享受していた。


 ***


 そんな怠惰な部活動(?)が続いていたある日、学園祭の時期がやってきた。

 文芸部は、毎年恒例で部誌を発行し、部室で販売することになっていた。もちろん、例年の売上は、悲惨なものだったらしい。


「(部誌販売……面倒くさい……。でも、ソファで寝てていいなら別に……)」


 当日、私はいつも通り、部室のソファで安眠を決め込んでいた。白鳥さんが、数冊の部誌を机に並べ、不安そうに来客を待っている。どうせ誰も来ないだろう、と高を括っていたのだが……。


 なぜか、その日は部室に人がひっきりなしに訪れたのだ。

 しかも、皆、部誌を買っていく。あっという間に、用意していた部誌は完売してしまった。


「え? え? なんで……?」

 予想外の事態に、白鳥さんは目を丸くしている。


 **【奇跡1:部誌完売の真相】**

 実は、私のソファでの安らかな寝顔が、口コミで広がっていたのだ。

「文芸部の部室に行くと、天使みたいな寝顔の女の子がいる」

「見てるだけで心が浄化される」

「あの寝顔はパワースポット」

 そんな噂が流れ、私の寝顔を拝むため(ついでに部誌を買う)という目的で、多くの生徒が訪れていたのだった。いわば、「眠りうらら観覧料」としての部誌代。もちろん、私自身も、部長の白鳥さんも、そんな裏事情は全く知らない。


 さらに、奇跡は続いた。

 文化祭の少し後、白鳥さんが応募していたマイナーな文学賞の結果が発表されたのだ。

 なんと、白鳥さんの詩が、大賞を受賞したという!


「や、やりました……! 安眠さんのおかげです!」

 白鳥さんは、受賞通知を手に、涙ながらに私に駆け寄ってきた。


「え? 私、何かしたっけ……?」

「安眠さんが『眠いなら寝れば?』って言ってくれたおかげで、この詩が書けたんです! あの言葉が、私に新しい視点を与えてくれたんです!」


 **【奇跡2:文学賞受賞の真相】**

 白鳥さんは、私の(自分に向けた)言葉を、創作活動への深いアドバイスだと勘違いしたらしい。そこから「眠り」をテーマにした斬新な詩の世界を構築し、それが審査員の心を打ったのだ。私の適当な一言が、まさかの文学的インスピレーションを与えてしまったのである。


 ***


 部誌完売と文学賞受賞。

 この二つの快挙により、廃部寸前だった文芸部は、一躍、学園の注目の的となった。


「安眠さん! あなたは私のミューズです! 詩の女神様です!」

 白鳥さんは、完全に私を崇拝するようになってしまった。


 学園内でも、

「文芸部には『眠り姫』と呼ばれる幸運の女神がいるらしいぞ」

「彼女が部室にいるだけで、そこは聖域と化し、名作が生まれる空間になるんだとか」

「安眠先輩、ただ寝てるだけに見えて、実は部員の才能を開花させる能力があるのでは……?」

 といった、もはやファンタジーの領域に近い噂がまことしやかに囁かれ始めた。


「安眠殿は、静寂の中に宇宙の真理を見出し、それを言葉に変える前の『詩的波動』として放っておられたのか! なんと奥深い!」

 猛は、新たな感動ポイントを見つけて打ち震えている。


「(ミューズ? 女神? 波動? ……何それ美味しいの? ……いや、それよりクッキー食べたい……)」


 私は、理解不能な周囲の熱狂から距離を置き、ただただ眠気を堪えていた。


 ***


 後日、部誌の売上金で買ったという、高級そうなクッキー詰め合わせを白鳥さんから贈られた。


「(おお……これは嬉しい。寝てただけでお菓子がもらえるなら、部活というシステムも、一概に悪とは言えないかもしれない……?)」


 ちゃっかりとクッキーを受け取り、私はその香ばしい匂いに少しだけ機嫌を良くした。

 文芸部は、無事に廃部を免れ、存続が決定したらしい。良かった良かった(他人事)。

 もちろん、私の部室での活動内容は、これからも変わらず「安眠」一択である。


 ***


 次の日。

 教室でも、私は心地よい眠りに誘われていた。文芸部の快挙も、学園の喧騒の中では、すでに落ち着きを見せ始めている。

 白鳥さんは、時折、尊敬と感謝の入り混じったような熱い視線をこちらに向けてくるが、私はアイマスクの下で気づかないフリを貫いている。


 ふと、図書室の隅にある文芸部室の前を通りかかると、扉に小さな札が掛けられているのが見えた。


『ミューズの指定席(安眠さん専用) ご自由にお使いください』


 その下には、ご丁寧にふかふかのクッションまで置かれていた。


「(……まあ、寝心地が良くなるなら、別に……構わないけど……)」


 私は小さく肩をすくめ、今日もまた、訪れるであろう安眠の瞬間を、静かに待ち望むのだった。

 私の存在意義は、どうやら「寝ていること」そのものにあるらしい。それならそれで、楽でいいか。

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