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8 この国でできること

 ユリアが朝、目を覚ますと、エルフナルドの姿はすでに部屋になかった。

 日の光が差し込む静かな室内に、胸の奥が少しだけ軽くなった。


 しばらくして、ノックの音が響いた。

 控えめに扉を開け、部屋へ入ってきたのはアリシアだった。

 

「おはようございます、ユリア様。朝食のご用意が整っております。お召し物を整えましたら、ご移動いたしましょう」

「おはよう、アリシア。起きるのが遅くなってしまって、ごめんなさい……。皆さんはもうお仕事をしているのに、恥ずかしいわ」


 ユリアは申し訳なさそうに頭を下げた。


「王妃様なのですから、当然でございます。どうかお気になさらないでください」


 そう言ってから、アリシアは思い出したように姿勢を正した。


「申し遅れました。この度、私アリシアが王妃様付きの侍女となりました。昨日の婚姻の儀の準備の折、誰が王妃様付きになるか話し合いがありまして……。至らぬ点も多いかと存じますが、どうぞよろしくお願いいたします」


 深々と頭を下げられ、ユリアは目を見開いた。


「そうだったのね! 嬉しいわ。こちらこそ、よろしくお願いします」

「分かることであれば、何でもお答えいたします。どうぞ遠慮なくお申し付け下さい」

「ありがとう……本当に心強いわ」


 その後、朝食のため部屋を移動すると、そこにもエルフナルドの姿はなく、用意されていたのはひとり分の食事だけだった。

 ユリアはそれを静かに済ませ、食後はアリシアに連れられて、王宮内を案内された。


「ねえ……アリシア。お願いがあるのだけれど」


 廊下を歩きながら、ユリアは少し迷うように切り出した。

 

「私に、何か仕事をくれないかしら。洗濯でも掃除でも……上手くは出来ないと思うけれど、お手伝いくらいはしたいの。何もしないで暮らすなんて.……どうしても、落ち着かなくて」


 すがるように手を取ると、アリシアは困ったように首を振った。

 

「それはできません。王妃様が侍女の仕事をなさるわけには……王妃様には、王妃様としての威厳がございます」

「……そうよね。無理を言って、ごめんなさい」

「いえ……こちらこそ、お役に立てず申し訳ありません」


 そう言われて、ユリアはそれ以上言葉を続けられなかった。

 廊下を歩く間、胸の奥に残った違和感を、うまく言葉にできずにいた。

 案内の最後に通されたのは、今朝目を覚ました部屋ではなく、その隣の部屋だった。


「こちらが、今後ユリア様がお過ごしになるお部屋でございます」


 扉が開かれ、ユリアは思わず室内を見回した。


「とても素敵ね。でも……私には、少し広すぎるくらいだわ」


 ユリアは楽しそうに部屋を見回し、ベッドに腰掛けてみた。

 

「王妃様のお部屋ですから、このくらいは当然でございます。なお、昨日お休みになられたのは、おふたりの寝室でございます。その向こう隣が、陛下のお部屋になります」

「……そうなのね」

 

 昨日の夜のことが脳裏をよぎり、ユリアは無意識に背筋を伸ばした。

 あの静かな部屋と、冷たい声が思い出される。

 それから、少し声を落として口を開いた。

 

「……ねえ、アリシア。夜は毎日、昨日のように陛下と一緒に眠るの?」

「いえ。通常は、こちらのお部屋でお過ごしいただきます。陛下からお訪ねがあった時のみ、寝室へ移動していただく形です」


 少し言いにくそうに答えるアリシアに対して、ユリアの表情はパッと明るくなった。

 

「そう! じゃあ……お訪ねがない限り、この部屋でいいのね」


 あまりに分かりやすい反応に、アリシアは思わず笑ってしまった。


「安心なさったのが、すぐ分かってしまいました」

「ご、ごめんなさい……。陛下に向かって、訪ねられないほうが安心だなんて、不敬よね……」


 しょんぼりするユリアに、アリシアはやわらかく微笑んだ。


「私の前では大丈夫でございますよ。ですが、陛下の前では……少し取り繕われた方がよろしいかと」 

「き、気を付けるわ!」


 そう答えながら、ユリアは胸の奥でほっと息をついた。


 ――少なくとも今は、陛下と距離を保てる。

 

 その事実だけが、彼女の心を支えていた。

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